12 新しい生活 その二
放課後です。
「あ、ルル様。お待ちしておりました。どうぞ」
図書室の隠し部屋に行くと、ヒューゴさんが出迎えてくれました。
ミカドラ様はいつものソファにだらしなく腰掛けています。「隣に座れ」と手で示され、恐る恐るお邪魔しました。
向かい合って座ることはありましたが、隣同士は初めてです。大きなソファとはいえ、なんだか気恥ずかしくなりました。
「ちょうどお茶を淹れたところなんです。ルル様は砂糖やミルクを使われますか?」
ヒューゴさんがお茶とお菓子を用意してくださいました。
「あ、いえ、そのままで大丈夫です。ありがとうございます」
にこ、と笑って慣れた手つきで給仕を済ませると、ヒューゴさんは壁際に下がりました。
しばしの静寂。
ミカドラ様に何かを言われる前に、私は先手を打ってみることにしました。
「あの、今日は毅然と対応されていて格好良かったです」
「は? ああ、あの態度の悪い奴に対してか」
「はい。とてもひどい方だったので、ミカドラ様が追い返してくださって、私も他の皆さんも胸がすく思いでした」
お茶を一口飲んで、ミカドラ様が小さく息を吐きました。
「俺がやったことは、相手と変わらないだろう。身分を利用して脅しただけだ」
「ですが、誰かを助けるためですから、手段が同じでも全然違う行為です」
私に構うのが面倒になったのか、ミカドラ様はふいと顔を背けました。
「どうでもいい。今日呼んだのは、ヒューゴのことを詳しく話してなかったと思ったからだ。あまり人目がつくところでは話さないようにしているが、一応学院での俺の小間使いだ。俺とお前の取引のことも把握している」
それは知りませんでした。
しかし確かに、学院には公爵家の推薦で入学した生徒が何人もいると聞いていますが、公爵邸でご挨拶できたのはヒューゴさんだけです。他の方は寮に入っているらしいのですが、ヒューゴさんはミカドラ様と一緒に屋敷から学院に通っているそうです。
「ヒューゴの兄二人も、父上が子どもの頃から面倒を見てそのまま雇っている。一番上は騎士で、二番目が秘書をやってる。ヒューゴ本人も将来的には我が家に勤めたいそうだ」
「どの職に就くのかはまだ決まってないんですが、今は厨房のお手伝いをしてますね」
屋敷でお手伝いをしているので、寮に入っていないのですね。将来を見据えていろいろな経験を積もうとしているところに、私は深く感じ入りました。
ヒューゴさんが淹れてくれたお茶をいただきました。香りが立っていてとても美味しいです。既に執事見習いとしてもやっていけそうです。
「ルルも何か困りごとがあったら、俺に断ってからならこいつを使っていい。かなり性格に難はあるが、能力は問題ない。特に情報収集と嫌がらせが得意だ」
ヒューゴさんはにこにこしながら抗議しました。
「若様、その紹介はひどいと思います」
「事実だ。人懐っこい笑顔で無害そうに見えるが、平気で人を傷つけるようなことを言うし、図太いし、容姿を利用して女を誑かしている。今日廊下で因縁をつけられていたのも、どうせそれ絡みだろう。……だから助けたくなかったんだ」
ミカドラ様が吐き捨てるように言うと、ヒューゴさんは考えるように首を傾げました。
「もしかしたら、クラスメイトの女子五人とランチをしていたのが気に入らなかったのでしょうか。あの中に、彼の好きな子でもいたのかも?」
「……他にも恨みを買っていそうだな」
「えー? そんなことないですよ。女の子を誘惑しているわけじゃないですし、男子とも仲良くしていますよ、基本的には」
ヒューゴさんは小柄で、女子生徒と見間違うような中性的で可愛らしい顔立ちをしています。女子の輪の中にいても違和感がありません。他の殿方よりも断然喋りやすく、警戒心を抱きにくいです。女子生徒から人気なのも頷ける雰囲気です。
「ボクが女の子とよく喋ってるのは、情報収集の一環です。ルル様の学院での様子も若様の命令でボクが調べたんですよ」
「ああ、そうだったのですね」
最初に温室に呼び出された時、ミカドラ様が私の周囲からの評判までご存知だった謎が解けました。
「若様とルル様が噂になっていたら、すぐにご報告します。それ以外にも有益な情報があればお伝えしますね」
「ありがとうございます。でも、今日みたいなことがあるかもしれませんし、くれぐれも無理はなさらないでくださいね。あと私……助けに入れなくて、ごめんなさい」
今日ここに呼び出されたのは、そのことでミカドラ様に怒られるからだと思っていました。自分で動こうとせず、偶然現れたミカドラ様に頼り切ってしまいましたので。
やはりきちんと謝らなければいけません。
私の謝罪に対し、ミカドラ様は呆れ、ヒューゴさんは驚きを見せました。
「今日と同じことが起こっても、ルルは動かなくていい。絶対に危ないことはするな」
「そうですよ。ボクは全然平気ですから。気にしないでください」
お二人とも優しいです。
「そうだな。もし俺が通りがからなくても、ヒューゴなら自力でどうにでもできたはずだ。父上の名前を出すか、周りの女たちを味方にするくらいはできる」
「なるほど……」
ヒューゴさんは愛らしい笑顔で首を横に振りました。
「いや、温いですよ。ボクとしては、もっと怒らせて殴らせて、退学処分にまで持っていきたかったです」
「え!?」
「公衆の面前であんな直接的な嫌がらせする人、いるんですね。一周回って面白かったです。若気の至りで人生台無しになっていたら、きっともっと面白い顔をしてくれたと思うんですが……残念です」
あの時、背中が震えているように見えたのは、もしかして怯えているのではなくて笑いをこらえていたのでしょうか。
ミカドラ様がヒューゴさんの性格に難ありと言った意味が、とてもよく分かりました。
「ふふ、彼は運が良かったですね。ルル様に感謝すべきです」
「?」
どうして私の名前が出るのでしょう。あの貴族の生徒は私のことを認識すらしていなかったはずです。
あの貴族の生徒が感謝すべきはミカドラ様です。ヒューゴさんの仕返しを受ける前に場を収めてくれたのですから。
「だって、ルル様があの場にいなければ、面倒くさがりの若様はボクのことを助けなかったと思います。愛しの婚約者が見ていたから、珍しく庇ってくださったんですよ。そうですよね?」
ヒューゴさんが同意を求めると、ミカドラ様は鼻で笑いました。
「さぁな?」
……お二人とも優しいと思ったのですが、勘違いだったのかもしれません。いえ、無礼な態度を取らなければ害はない、と言うべきでしょうか。
ともかく、学院に私とミカドラ様の関係を知っている方がいると分かり、少しだけ気が楽になりました。




