7はじめての朝
目の向こうから不快な輝きが差し込み意識が覚醒する。
半分くらい目を開けてそのままの状態でいると徐々に昨日のことを思い出した。
ようやく体を起こし欠伸をしながら首を傾けたがそこに嘉新はいなかった。
まさか出て行った?
そんな考えが頭を過ぎったが寝室のドアの向こうから物音が聞こえ杞憂だったと考え直した。
頭を掻きながら体を起こしもう一度ドアを確認してから服を脱ぐ。
タンスから外着を取り出し身につけてからベッドの上に乗って窓の外を確認した。
今日も今日とて静かな朝だった。
時刻はもう8時過ぎだというのに車のエンジン音も子供のはしゃぐ声も聞こえない。
前まではここまで聞こえてこなかった鳥の鳴き声が聞こえた。
そのまま家々から空へと視線をスライドさせる。
どうやらまだ世界の終わりは来ていないらしい。
こうして朝起きて窓の外を眺めるのが習慣になってしばらくが経った。
見たところでどうにか出来るようなものでもないけど。
グッと伸びをして首を回す。
ようやく意識がハッキリして来たところで立ち上がりドアへと歩きドアノブを握ったとき、やけに自分が緊張していることに気づいた。
「これ、どんな顔して出ればいいんだ?」
その呟きは誰の耳にも届かず消えた。
当然その答えは返ってこない。
朝起きたら扉の向こうに誰かがいる、なんて状態がかなり久しぶりすぎて戸惑う。
だがしばらく頭を悩ませ、こうしても仕方ないなという結論に達した。
よし、と頬を叩いて気合いを入れゆっくりドアノブを回す。
瞬間ふわっと味噌の香りが鼻腔をくすぐった。
「あ、おはよ」
その香りを生み出した当人は貸したスウェット姿のまま鍋をかき混ぜていた。
既に髪を整え化粧もしており服装以外は隙がない。そのアンバランスさがやけに色気を漂わせていた。
「あ、ああ。おはよう」
「ごめんね。昨日ご飯のこと聞いてなかったから勝手に冷蔵庫の中身使わせてもらっちゃった」
「いや、それは別に構わないけど」
「けど?」
変な言い回しをしたからか嘉新が聞き返す。
「もしかして朝ごはん食べない派だった?」
「いや...」
口ごもっていると嘉新は不安げな表情を浮かべた。
「なに?」
せっかく作ってくれているのにそんな顔をさせてしまったことにバツが悪くなり正直な感想を言う。
「...嘉新って料理出来るんだな、と」
言い終わると嘉新は目をぱちくりとした後
「良かった〜!」
と大袈裟にホッと息を吐いた。
「...って言っても腕は期待しないでね。一人暮らしするのに困らない程度にしか料理出来ないし今まで人に振舞ったこともなかったから。とりあえず、まだかかりそうだし顔洗っといでー」
「りょーかい」
「初めて振る舞う相手が俺で良かったのか」なんて愚問はしない。
嘉新だってこんな展開になるとは思っていなかっただろう。
お互い、残り限られた時間の中で暇を潰す為に共存しているだけ。揚げ足を取ってそこを細々とツッこむのは蛇足だ。
そんなことを考えながら俺は洗面所へと向かった。
※
「おおっ」
食卓に着くなり俺は感嘆の声が漏れた。
米にわかめと豆腐の味噌汁、綺麗に巻かれた卵焼き、キャベツとジャコのサラダ。
あんなすっからかんの冷蔵庫から作ったとは思えないほどしっかりしたメニューだ。
というか
「豆腐とか卵とか野菜とか...うちあったっけ?」
置いてないどころかしばらく買った記憶もない。
「ううん。そこのコンビニで買ってきた。はい、これ領収書」
ちゃっかりしてる。
「悪いな。そこまでしてもらって」
「いいよ。泊めてもらってるんだもん。このくらいはするって。っていうかこれからのご飯当番私が担当してもいい?」
「それは助かるけど...いいのか?負担じゃない?なんならーー」
「分担はしなくていいよ。才原くん料理しないでしょ」
正解。
まあ冷蔵庫はすっからかんだし食器もホコリ被ってただろうから普段料理をしてないことなんて見れば分かるか。
「頼みます」
机に手をついて頭を下げると嘉新はコロコロと笑う。
「はい、任されました!」
見た目通り料理はどれも美味しく、やや薄味なのが俺の好みドンピシャだった。
食べ終わるまで会話もスマホチェックもなく、これほどまで食事に夢中になるのは久しぶりだった。