クラッシャー宮
読んでくださりありがとうございます。
一人になり、大学ではやることもないので、携帯を直しに行くことにした。
時計を見る。
まずは、資金を取りに一度自宅に戻らなければならない。
俺の地元は大学から一回電車を乗り換えて30分、家は駅から自転車で10分掛かる。
ガタンゴトン♪電車に揺られ心地よい。
「ただいま~」
「あらお帰り、早かったわね。夕飯は?家で食べるの?」
母親が顔を出した。
「夕飯はいらない。携帯、また壊しちゃったから店に行ってくるわ。そのあとヤヒコの所にそのまま泊まるから。」
「泊まりね、八幡君にいつもお世話になっているでしょう。これ持って行って。あとちゃんとお礼言うのよ。はあ、携帯、また壊したの……あなたってば、呪われているんじゃないの?」
母親の言葉に、その通りですよとは言えない。
「そうそう、お父さんが黒川のおじさんと連絡取れたって言っていたわよ。あとで詳しい話を聞いてね。」
「あ、うん。分かった。携帯を直したら父さんに電話入れる。」
そう返事をすると、自室へ行き、呪いの為に貯めているお金を持ち出し、家を後にした。
実家の最寄り駅に着くと駅前で営業する携帯ショップへと向う。
行きつけの店だ。
ドアが開くと、入り口横に立っていた案内役の店員と目が合う。
「いらっしゃいませ、宮若様。いつも当店をご利用いただきありがとうございます。」
名前と顔を憶えられているなんて、VIPかよ!?
案内の店員の言葉に、他の店員も俺をチラ見する。
また来たといった雰囲気が店内を巡る。
案内の店員がニコリと優しく微笑んだのち、用件を質問せずに発見番号を取り、俺に紙を渡し待合椅子に座るように促した。
慣れたものだ。
あ~これ絶対に裏で、クラッシャー宮とか変なあだ名を付けられているなー。
はあ、とうとう用件も聞くとこも無くなったかと思いつつ、黙って番号を呼ばれるのを待つ。
俺は少し待ったのち、ブースへと案内され着席した。
「いらっしゃいませ、宮若様。いつもご利用ありがとうございます。今回はどうですか?」
その質問は、直すのか直せないのかどちらなのか?と言う意味の質問だろう……。
もうこの店には頻繁に来ているために、扱われ方が少々雑になってしまっている。
一台目、二台目の頃は、壊れたことに運が悪いと同情的であったりしたのだが、半年で10台越えの故障、機種交換である。
もう店員さんも俺がヤバイ職業の奴とか、ワザとやっているいかれた奴ではと疑っているだろうな。
店員は流れる様にテキパキと話を進め、俺も慣れっこでサインをする。
同型の新しい機種にデータも移してもらい、完了である。
店を出る頃には夕方のいい時間帯になったので、また電車に乗り、ヤヒコの家へと向かう。
ヤヒコの家は学校の最寄り駅から我が家とは反対方向の5つ目の大きな駅で降り、歩いて10分ほどのマンションであった。
昔、ヤヒコの親父さんが東京での仕事の際に使っているものらしい。
俺の憧れる一人暮らしを、地元でも有名なお坊ちゃまなあいつは満喫しているようである。
ヤヒコは、まだ講義が終わっていない時間だ。
家に行くには早いので、ヤヒコのマンションとは逆方向の駅の出口を通り抜ける。
しばらく歩くと現れた商店街に寄って、部屋で飲み食いする物を買い時間を潰す。
俺がヤヒコの家へ遊びに行く時に、時々こういう半端な時間が出来ていたから、暇を持て余し探索していて発見した場所だ。
菓子、酒に総菜などマンション側の店で買うよりも値段は安い。
適当に籠に放り込んでいく。
買う物はほぼ決まっているのでそんなに時間はかからず、済んでしまったので、レトロな雰囲気の喫茶店へと入り、そこでも時間を潰す。
ここは、漫画や本が置いてあるので、何も持たずとも時間を潰すのには持って来いな場所だ。
だが、ついつい漫画に夢中になりすぎてしまう。
携帯を見ると、かなり時間が経っていた。
急いで店を出て、ヤヒコに電話を掛けた。
「もしもし、もう家にいるか?」
「ああ、いるぞ。今、下か?開けるか?」
「あっ、いや、まだ駅だ。今から行くから、インターホンなったら開けてくれ。」
「分かった。」
俺は急いでマンションへ向かった。
エントランスへ入るために、部屋番号を押すとインターホンが鳴る、すぐにヤヒコから返答があり奥のドアが開いた。
コンシェルジュがいる。
エレベーターに乗り込み、ヤヒコの住む階のボタンを押した。
セキュリティーを解除してくれたようだ。
あとはヤヒコの部屋ある階に止まるのを待つだけだ。
このマンションに来ると、アイツはいいところの育ちの坊ちゃんだなぁと再確認させられる。
エレベーターが開き、通路を進むドアの前に来ると内側から開いた。
ドンピシャのタイミングで一連の動作が起きたので少し驚く。
もう着く頃だと思ってとヤヒコは言った。
きっといつも色々な無駄を省いているに違いない、賢い奴は効率的なのだろう。
こいつは本当に無駄な動作がない完璧男、俺が女なら惚れちゃうよ。
男の俺がそうなんだから、イトもそう思うのだろうか?
なんてことは考えない、考えない…これ以上は考えない…イメージを振り払いながら、俺はリビングへと移動する。
「はい、アプリの新しいID」
「了解、今、ルームに招待するから。」
「ありがとう。」
俺はヤヒコが俺の携帯を操作しているうちに、リビングの机の上に買ってきたものを並べる。
キッチンへ行き、グラスと箸、皿を戸棚から出そうとした時に、コンロの上に鍋がおいてあるのを見つけた。
中を覗くとビーフシチューが出来上がっている。
「すっげぇえー美味そう!!あ、おい、お前、女でも出来たのか?」
キッチンからヤヒコに話し掛ける。
「馬鹿を言うな、こっちは勉強とお前の世話で精いっぱいなのを知っているだろう。今日は東さんが来る日だ。」
こっちを見ずに携帯を操作しながら、ヤヒコは返事をする。
「ああ、お前の実家の家政婦のおばちゃんか、週二で出張してくるんだったな。流石、金持ちの家のお手伝いさんだ。うわぁ、これ、メッチャ美味そうだぞ。」
「ハハッ、食っていいぞ。東さんもお前が来る事を見越して沢山作ってくれているから。」
鍋を温める。
「あ、ランチdeパック!なんであるの?」
キッチン台の隅に置かれている菓子パンを発見。
「お前が来るから、さっき駅の売店でいくつか買ってきた。」
「サンキュー!これ、凍らせてからトースターで少しだけ焼いて食べると外カリッと中ヒヤッで美味いんだ~あっ、餡バターとブルーベリー味もあるじゃん!流石、親友!!」
デザート用に冷凍庫にパンを冷やし、先程温めたビーフシチューをお皿に盛り、リビングへと運んでいく。
「ほら、もう承認までしといたぞ。あと話も進んでいるからな。北関東辺りの山になった。」
俺の携帯を渡しながら、ヤヒコが言う。
「はっ?俺が飯を用意している間に、お前ら酷くねぇか?」
「お前が来るのが遅いからだよ。」
暫し携帯のアプリでグループチャットを繰り広げたのち、あっさり予定も決まり話を終えた。
それからは食事の時間だ。
「ほら、カシオレだ。あと、紅茶もお前のだ。」
俺は買ってきた飲み物をヤヒコに渡す。
ヤヒコは酒があまり飲めない。
苦手らしい。
ただ甘いものなら少しは飲めるらしく、俺が一人で飲むのは嫌だろうと、いつも俺に付き合って甘いカクテルを一緒に飲んでくれる。
滅茶苦茶、いい奴だ。
「お前、またポテトサラダか?それ好きだな。」
「いいだろう、俺はビールとコレの組み合わせが好きなんだ。」
「俺には分からん。それより、あれからどうだ?呪い女は現れたのか?」
「いや、あれからパッタリ現れない。」
「そうか…。」
ヤヒコの言う呪い女とは、俺にこの呪いを掛けた幽霊のことだ。
奴は、呪いを掛けられた後に一度だけ、自分の前に姿を現したことがある。
あれが再度現れたのは、呪われてからかなり経ってからであった。
次回は幽霊が再度出た時の話です。