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第9話 『どうして片目を隠しているのですか?』

 土曜日。

『有楽町丸井』の前でカブラギはタカハシを待った。ホールケーキを4分の1にカットしたようなファッションビルで、『OIOI』とロゴが付いている。ケーキの屋上から一回り小さいガラスのビルが伸びて、青空に突き刺さるように建っていた。


 ぶっすぅ〜って感じでタカハシがやってきた。バカタカハシ。律儀に10時ピッタリに現れやがって。真面目なんだよお前。


 カブラギは限界までスリットが入った足首まであるスカートをはいてきた。

 ノースリーブのセーターで金の腕輪をいくつも左手につけていた。本物の黄金でなくパチモンである。カブラギは母子家庭で金がないのだ。もちろん自家用クルーザーなんか持ってない。そんなものがあること自体この間初めて知った。


 タカハシの格好は意外だった。

 左襟にトリコロールがさりげなくついた茶色のシャツで、ジーンズに斜めショルダーだった。ショルダーバッグにもトリコロールのタグが付いていた。


 思ったより普通。なんならオシャレ。


 いやほら。普段の背広がさぁ。もうなんていうの? 着てるだけ? しょぼくれてるていうかさぁ。たまーにいいネクタイしてるけど、たまーにだし。悪くないじゃんー。

 鼻ピアスの多岐川くんよりいいわー。


 タカハシ休日でも背広かなっていうくらいオシャレに縁が無さそうだったからさぁ。


「カブラギ」

「はいっ」

「今日は約束したから付き合うけど、どこに行きたいの?」

「ラブホテル」


 !!!!!!


 タカハシがどんびいた。


「妙齢の女性が。冗談でもやめなさい」

「本気です」

「本気なら最悪だ。忘れるから言い直しなさい」

「結婚式場のお客様相談窓口」


 だからどうしてそうやって息をするようにプロポーズしてくるんだっ!!!!


 タカハシに怒られた。


 カブラギは嬉しくて仕方なかった。タカハシに叱られたかったのである。お父さんがカブラギを怒ってくれるように怒られたかった。10歳の時に父を亡くしてから、カブラギには『お父さん成分』が足りなかった。娘のように心配してくれる『誰か』が欲しかった。


 タカハシをもっと困らせたい。誰も見せてもらえないタカハシが見たい。


 カブラギがタカハシの腕にギューッと絡みつくと「カブラギ……申し訳ないんだけど離れてくれないかな……胸が当たってるし」と言われたので「当ててるんですよっっ」と言いながらさらにギューッとくっついた。Fカップの胸がタカハシの腕で柔らかさに潰れる。


「困るよ。困るよ」と言われることの嬉しさよ。


 ◇


 結局東京交通会館のアンテナショップに行った。

『丸井』の道路挟んで隣のビルだ。


 アンテナショップとは物産品店のことで、東京交通会館にはずら〜っと14店も揃っている。

 カブラギたちは『北海道』から順々に見ていった。


 和歌山のアンテナショップに入ったときのことだ。


「紀州の梅酒好きなんだよな〜」

 タカハシが黒いパッケージのお酒を手に取った。


「買いましょうよー。一緒に先生の家で飲みたーい♡」と言ったら「はい」って『はちみつ梅』をパックごと渡された。なめとんのか。


「先生っ梅干しのガチャガチャありますよっ」

 ニッコリ笑って200円くれた。アレだ。子供にお小遣いやるお父さんだ。


 ガチャガチャ〜っとやると透明なボールケースが落ちてくる。


 はしゃいでその場で食べた。

「どんな味?」と聞かれたので「すっぱ〜い!」と答えた。


「そりゃそうだね」プッと噴き出されてしまう。


 お昼もご馳走してくれたし、3時ごろ「あ!クレープだっ!!」と言ったら買ってくれた。


 生クリームがこぼれんばかりの、バナナの入っているやつ。


「公園で食べるっ公園でっ」


 日比谷公園までタカハシを無理矢理連れて行った。噴水の見えるベンチに腰掛けた。


「あ!先生このベンチ。プレートがついてますよ」

「本当だ。『思い出ベンチ』って書いてあるね」


 どこかの幸せなカップルがベンチを寄贈したのだろう。プレートにはこう書いてあった。


==============

日比谷公園での

二人の幸せな時間を記念して

==============


「先生っ。私たちのことですよっ。私たちのっ」カブラギはタカハシをバンバン叩いた。


「違います」言い切りやがった。


 カブラギはクレープを食べながら足をブラブラさせた。


「…………先生」

「うん」

「質問があります」

「何? カブラギ」

「どうしていつも片目を隠しているんですか?」


 タカハシが笑った。


「隠してなんかいないよ。なかなか床屋に行く時間がないだけで」

「おかしいですよね? 前髪が短い時期と長い時期が交互にあるならその説明で通りますよ。でも先生ずーっと長いですよね? 美容師さんに何と言って前髪を切ってもらっているんですか?」


 タカハシが黙ってカブラギを見つめた。あの、なんの感情も浮かんでない右目。


「先生ってどうも違和感があるんですよね」

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