第8話 『3人とデートしてこい』
「はぁ〜〜!?」というところである。お前以外とデートなんかしたくもないわ! というところである。そんな暇あったらお前と3回したいんだよ! というところである。
「3人とデートしてきたら、俺が1日カブラギの行きたいところに行ってやるよ。それでどうだ?」
カブラギは1も2もなく取引を成立させた。
◇
2週間後。カブラギはサトルに連絡をした。
タカハシではない。サトルである。タカハシの連絡先なぞ知らない(教えてもらえない)。サトルはアレだから。入学2ヶ月以内にLINE友達になったから(全校生徒が)
『報告がしたい』とLINEしたら『いいってよ〜』って秒で返ってきた。なんでや。今、夜だけどテレパシーでも使っているんかい。
『早すぎるけどちゃんと「ツーショット」は撮ってきたのかだとよー』
『おうともさー!!』カブラギはフンッとなった。
この『デート相手とのツーショット』が条件であった。『架空取引には応じない』ということだ。甘くみるんじゃないよ。3人ともエサを前にしたライオンみたいに飛びついてきたわ。
カブラギはタカハシをチェーン店のカフェに呼び出した。
◇
「特に……報告はいらなかったんだけど……」
伏目がちのタカハシ。
『実際に3人もデートすれば俺のことなど忘れるだろう』と思っていたろう? そうはいくか。
「『もう私用で職員室にはくるな』って言ったの先生じゃないですか」
当たり前である。全教員前で「先生が好き」と口走るなどカブラギがどうかしているのである。『ここは仕事の場だしもうくるな。あと大声をあげるな』と注意された。全面的にタカハシが正しい。
先生っおっっしゃる通りですよ!! じゃあ学校以外で会っていただきますよ!!!
100回ミッションこなせば、100回先生とデート(カブラギが一方的にそう思っている)できるわけですよね! いっくらでもやってやらぁ〜!!
ああ、カブラギ。お前どうしてそう執念深いのか。『夢に向かって真っ直ぐ』と言えばいいのか。なんか美しく装飾された気がする。
アイスティーをカブラギは飲んだ。チーズケーキも頼んだ。タカハシはコーヒーのみだ。ちなみに前回も今回もタカハシのおごりだ。ニッコリ笑って「学生なんだから甘えなさい」と言われた。
『他のことでも甘えたいな〜♡』
と言ったら無視された。こいつ絶対距離縮めてこない。
「で、これが1人目なんですけど」
カブラギはスマホの写真フォルダをタカハシに見せた。
◇
カブラギは嬉しかった。写真を見せるためにタカハシの隣に座ったからだ。1センチの距離にタカハシがいて、半袖シャツからタカハシの体温を感じる。
「真面目そうじゃない」タカハシが笑ってくれた。黒ぶち眼鏡の大学生がかしこまってカブラギの隣に収まってる。「イェーイして!」とカブラギが言ったので真顔でピースサインしていた。
「はいっ東大生ですっ」
「東大生っ。いいじゃないかー」
喜んでくれてる。死んだお父さんに報告したらこんな感じで笑ってくれたかな。
「素敵なカフェに連れて行ってくれて1280円もするショートケーキおごってくれましたっ」
「よかったなー。それで? 話は弾んだの?」
「はいっ。ケーキを食べながらずっと『ガロア理論』について語ってくれましたっ」
……………………。
カブラギはアイスティーのストローをクルクル回した。氷がカラカラと音を立てる。
「ガロ……ア……理論」
「数学です」
「え? 他の話題は?」
「あ。大丈夫ですよ! カフェで2時間『ガロア理論』について語ってくれたあとは東大の学食に入れてくれたんです」
「そうかー。それは珍しい経験をしたね」
「それで残り2時間『フィボナッチ数』について語ってくれました!!」
「ふぃぼなっちすう」
「花びらの枚数とかぜんっぶ計算できるそうです!! 自然は偉大な数学者なんですねっ」
…………………………。
間が空いてしまった。タカハシが『えーっと』という顔をした。
「お……面白かったかな!? カブラギ」
「面白いわけないでしょっ!! 『サインコサインタンジェント』すらよくわかんないのにっ!!!」
タカハシは天を仰いだ。カブラギの数学の成績は元担任としてよく知ってる。
「次は『レオナルド・ダ・ビンチと数学について話したい』と言われたので丁重にお断りしたのですが間違ってますかねっ!?」
タカハシはだまーってアイスコーヒーを飲んだ。アレだな。東大生。『頭の良いオレ』の演出に全振りしちゃったんだな。
「翌日にデートしたのがこの人」と言ってカブラギが見せたのが、なんと金髪に緑のメッシュ入った男。全身黒ずくめ。金の鼻ピアスしてる。
「………………また東大生と真逆なの見つけてきたね……」
「多岐川コンチェルン総裁の息子ですっ」
これがぁ〜〜〜!?
「ほんとですっ」
多岐川総裁のフェイスブックを見せた。家族写真に写ってる。確かにコイツ。髪は黒いが顔がコイツ。
「個人所有のクルーザーで無人島に連れてってくれてバーベキューしました!」
「あの……。カブラギの他に女の子が2人ばかり写ってるけど」
「はいっ。クルーザーに8人女の子がのってたものですからっ!!」
うわもう。クソチャラいじゃん。サトルの100倍たち悪いじゃん。
『シヨウちゃ〜ん。楽しんでるぅ?』と言ってカブラギの皿に死ぬほど焼いたエビをのせてくれたそうだ。デカイやつ。
シャンパンバンバン注いでくれたそうだ。ピンクのドンペリ。略すと『ピンドン』
「『今度は2人で夜景見にいこぅぜぇぇぇ〜!』って舌をこうやって(ベローっと)出してくれましたっ!」
…………………………。
「前の日の東大生は何言ってるかわかんなかったけど。この多岐川くんはよく分かりましたよ! 『ウェーイ』しか言ってなかったもん!!」
「………………平均的な語彙力の奴はいないのか…………」
タカハシが『娘の交際相手に頭を抱える父親』の顔になった。
「3人目がこのコー。同機社(大学)のクラスメイトでーす」目をつぶったら一瞬で忘れるような顔の男が写っていた。
「この子いいんじゃないか!? 普通そうだ!」
「はいっ。待ち合わせは『ササゼリヤ』でした!」
「…………え? 1回目のデートで『ササゼリヤ』で待ち合わせたのか? カブラギ。ちゃんと『デート』と言ったのか?」
「言いましたー。『カブラギさんみたいなコが僕とデートなんて夢みたい』って言ってましたよっ」
そうなんだよタカハシ。お前の隣にいる女。一般的にはそういう位置付けなんだよ。
「まぁ……学生らしくていいじゃないか。で、そのあとはどこ行ったの?」
「『ササゼリヤ』で解散です」
「え!?」
「学内の噂話とかしてとても楽しかったでーす」
完全にタカハシが頭を抱えてしまった。
◇
「ほんっとうに35人も告白されてこの3人がトップスリーだったのか!?」
「あとは印象に残らなくて忘れた。思い出せたのがこの3人」
「…………………………」
「だいたい全員『高橋是也』じゃないし」
カブラギはタカハシの右腕に自分の腕を絡ませた。タカハシの肌に直接触れて有頂天になった。右ひじをテーブルにのせてほおづえをついた。カブラギのパックリあいたストライプのシャツから胸の谷間が見えた。タカハシをネットリと見つめる。
「何人デートしようが先生じゃないと意味ないし」
「………………カブラギ」
「はいっ」
「食事の席でひじをつくんじゃない! マナーがなってないっ」
タッタカハシ〜〜!!!
そこじゃねぇ! 胸の谷間を見ろってんだよっ!!! Fカップ無視すんな〜!!!
◇
腕も振りほどかれてしまったので(一瞬しか触れなかったじゃん)脅すみたいな感じになってしまった「お代は払ってもらいますからね」
「お代?」
「先生以外とデートさせたお代だよっ。次の土曜日10時ねっ! 場所は有楽町マルイ前っ。雨の時はマルイの中だからねっ」
そしてまんまとタカハシのLINEをゲットしたのである。
よっしゃぁぁぁ〜〜!!!
ついに直接繋がったぞぉ〜〜〜!!!
サトルのLINEは2ヶ月で手に入ったのに(入ったというかグループLINEにのってたというか)タカハシのそれは実に4年3ヶ月もかかったのであった。だが、生徒の間でタカハシのLINEを知っているのはカブラギだけである。自信がある。
その夜カブラギは自分の部屋でタカハシのLINE画面をいつまでもいつまでも見た。
LINEネームは『高橋是也』で青空の写真が背景にうつっていた。
空が好きなのかなぁ〜。
『ごちそうさまでした』と打った『どういたしまして』って返ってきた。嬉しくて嬉しくてスマホを抱きしめた。
 




