第5話 『セカンドミッション出してくださいよ』と迫るFカップ
カブラギもなんの根拠もなく『タカハシと付き合える。ひいては結婚する』と思ったわけではない。
カブラギには絶大なる自信があった。
松桜女子高等学校卒業後、カブラギは激変した!!
鏑木紫陽という少女は大人しい。目立たない。引っ込み思案の子供であった。
さかのぼること7年前。中学校2年のカブラギの胸がグングン発育し始めたせいである。何もしてないのにどんどん、どんどん大きくなりとうとうFカップになった。バストトップなんと103センチである。
たゆ〜んとした胸を覆うため、『メロンなのか?』というブラジャーをすることになった。
これが男子生徒の耳目を集めることになる。
カブラギは自分に向けられる『ニヤニヤした視線』。特に街を歩くとすれ違いざまに「デケェ〜」と言われることに耐えられなくなった。
卒業する先輩に頼んで制服のジャケットを譲ってもらった。カブラギの2回りくらい大きいサイズの上着でFカップを隠した。
髪は二つ結びで、眼鏡をかけ、猫背になり自分を隠した。高校は女子高にした。
このまま、目立たず、誰にも見られずに暮らしたい。図書館で本ばかりを読んだ。
だがしかし。カブラギは恋をしたのだ。
相手は30代の。国語教師で。子供と付き合うなんてありえない人だった。圧倒的に大人なのであった。
タカハシ先生を死んでも落とすぞ!!!
カブラギは大学デビューをした。胸を思い切って出すニットセーターを着た。足を出した。カブラギの太ももは生命力にあふれてパンパンであった。毎日腹筋200回してくびれを作った。
メイクを研究し常に唇をプルプルにした。小鹿のような瞳をアイラインでさらに強調した。コンタクトをした。髪の毛をバッサリ切ってクレオパトラみたいになった。
変化はすぐに現れた。
新宿を歩くと金髪のおにーさんたちに声かけられるようになった。
「ね! ね! 君さぁ。どこのお店の子? うちこない? 君なら月50はいけるよ」
わけもわからず断ってからそれが『風俗店に勤めれば月収50万はいける』という意味だと気づいた。
私の体!! 年収600万なんだ!!!
新宿歌舞伎町のスカウトマンに10人声をかけられるまでになりカブラギは確信した。
今の私であればタカハシを落とせる。
さらにやたら告白されるようになった。1年と2ヶ月で35人である。かなりの好成績ではないだろうか。教習所にいっても、大学校内でも男子に話しかけられる。
『アイドルにならないか』と原宿で言われたこともあれば、『今年のミス同機社(大学)は間違いなくカブラギ』とまで言われていた。
そう!! 誰もがエロ可愛いと認めるカブラギ!! 今ならクソ真面目の得体の知れないタカハシだって落とせる!!!! なんならそのまま結婚できる!!!!
と思ったのである。
それが何!? あのタカハシ! 人のことまるで見ないで!!! 視線があったと思ったら全力で心配してる目で。『大学生活充実してるのか?』しとるわ!!! このエッロイ私のどこを見てそんなこと口走るのか!!!!
ふっざけんじゃねぇぞ〜〜〜タカハシッッッッ!!!!
◇
1ヶ月後、選挙用紙が入っていた封筒をタカハシに突きつけるカブラギがいた。
場所は松桜高等学校の職員室である。
「先生。行きました、選挙。もう子供じゃありません。約束通り付き合ってください」
「…………まだあきらめてなかったのか」
「あきらめる訳がない!! 4年2ヶ月も片思いして今さらやめませんよっ!! 絶対結婚するんだからその前に付き合ってくださいっっ」
「……まさか都議会の選挙があったとは……」
そう! タカハシは時節柄『選挙は当分ない』ことを見越してカブラギに無理難題を押し付けて去ったのである。それがこう。選挙の方からカブラギにすり寄ってくるとは!!
「カブラギ」
タカハシは視線をカブラギにではなく右斜め上の朱肉に向けて言った。
「俺は別に『選挙に行ったら付き合う』とは言ってない」
「言いましたよ!! 『選挙に行ったことないようなお子様とは付き合いません』て」
「『選挙に行った』ことがイコール『付き合う』ってことじゃあないんだ」
朱肉にハンコをトントンと押し付けた『面倒なことになったぞ』と顔に書いてある。
職員室の先生全員がタカハシとカブラギを『なんだ、なんだ』という感じで見ている。立ち上がって書類の隙間から2人を見ようとする者までいる。
「とにかく。カブラギ。俺はお前とは付き合わないから帰りなさい」
「次のミッションはなんですか?」
ミッション?
「『選挙に行く』のがファーストミッションですよね? セカンドミッションもクリアしますよ。どんなミッションでもクリアします。先生が『わかった。付き合う』というまで続けます。次のミッションだしてくださいよ」
ドエライめんどーなことになったぞ〜〜〜〜。
タカハシはカブラギの目標達成力。ありていに言えば『執念』を見誤っていた。
カブラギの方を振り向いて「とにかくだなっ」と言ったところでカブラギとタカハシ両方の肩を『ポンッ』と叩くものがあった。
「いいんじゃね〜〜〜!? 出してやれよミッション。面白いから!!」
2人同時にそいつの顔を見た。
色が抜けそうな程染められた茶色の髪。ニヤニヤした表情。エルメスのネクタイ。
出た〜〜〜!!!! 久保悟!!!!
◇
『チャラいに服を着せたら久保悟』と言われるサトルである。『どうかしちゃったミッキーマウス』『ブランドづくめの高校教師』のサトルである。
サトルはさらにニヤニヤした。
「カブラギ〜!! 久しぶりだなっ」
「お久しぶりです。久保先生」
「『サトル』って言えよって言ってんだろうが」
「サトル。いつ見てもチャラいね」
「まあね〜」と言って髪を直しやがった。褒めてねーんだよ。
「で、何? お前まだタカハシ好きなの? 卒業して1年もたって。このクソ真面目の1個もブランド名言えないような地味教師の。特に人気も人望もないタカハシ好きなの?」
「久保先生。言い過ぎです」タカハシがサトルを敬遠しながら言った。こいつとタカハシ。合うわけがない。
「好きです。結婚したいと思ってます」
「は!? どこがいいの? 具体的にオレよりこいつのどこがいいの? てかオレにしない? びっくりする程エロくなったなぁ〜!! カブラギッッ」タカハシの肩に体重をかけながらサトルが言った。嬉しそう。
「全部だよ。サトル」カブラギが軽くサトルをにらんだ。コイツ女と見るとだっれでもかっれでも口説きやがって。
「ちょっと。久保先生。右手を肩にのせるのやめてください」タカハシに言われているがまるで聞いてない。
「久保先生。知ってたんですか? カブラギのこと」タカハシにやや鋭い口調で言われるのをかるーく受け流した「知ってた、知ってたー。変わってんなコイツって3年間思ってたー」
「じゃあ! 早いとこ! 忠告してくださいよっ」
『忠告』って言ったか? タカハシ。聞こえてんぞ。
「4年もこの意味不明な鬼太郎に恋してたとは面白すぎるだろ!? カブラギ。なー。タカハシー。ミッション出してやれよー」
「そうですよ。先生。ミッション出してくださいよっ」
「クリアしたらランチ1回獲得なー」
「は!?」と言ったタカハシと「は?」と言ったカブラギ。前者は『余計なこと言うな』という雰囲気を漂わせ後者は『サイコーじゃないですか!!』という空気を出した。
「あれだー。明日タカハシの現国3時までないだろ? 特別に12時から2時までランチタイムにしてやるよー」
「校長でもないのにスケジュール調整しないでくださいっ」と言ったタカハシと「2時間も!? やります、やります!!」と言ったカブラギの声が重なった。
「はいはいー。じゃあお得意の『国語クイズ』で!」
タカハシは引っ込みがつかなくなってしまった。
 




