第41話 サトルと家路を
長野の旅行日程が決まった。
カブラギは「1泊! 1泊! 1泊! 1泊!」と主張したが「そういう趣旨ではないからね」と退けられてしまった。
抱き寄せられる。
「俺が『夏休みの宿題』を終えたら。今度こそ。ね」
カブラギが嬉しさで真っ赤になった。
◇
カブラギはサトルを高校に呼び出した!
「あのさぁサトル」カブラギが指差す。
「高校近くのこの土手。うちの近くの土手まで繋がってるんだ。一緒にうちまで歩いてよ。1時間くらい」
「めんどくせえなぁ」サトルが笑う。
それで手を繋いで。『恋人つなぎ』にして早春の土手を歩いた。
とても暖かい日だった。コートなんかいらなかったくらいだ。
土手はどこまでも真っ直ぐに続き。遠くに都会のビル群が見えた。川の両側には鉄塔が建っていて電線が『たゆ〜ん』とたわんでいた。
3月をみんな楽しんでいる。
ゴルフの素振りをする人。ボールを投げる子供。日光浴をするカップル。
家路を、この人と帰る人生を選んでもよかった。
「サトル。私ね。今度タカハシと長野に旅行に行くの」
「おー。ようやく旅行に行くまでになったかぁ」
「それでね。そこでタカハシのプロポーズを受けるよ」
サトルは立ち止まった。しばらく無言でカブラギを見つめた。
「……どうして、長野なんだ?」
カブラギは『元カノ』の説明をした。もちろんサトルはすでに全部わかっている。
「3年前できなかったプロポーズをタカハシはするよ。3年前は幻になったけど。今度は現実。私は『はい』という。ハタチ妻になるよ。それで2人で『それから王子様とお姫様はいつまでもいつまでも幸せにくらしましたとさ。めでたし、めでたし』やるんだ」
「すげえなー。カブラギー。お前の執念恐れ入るわ」
「『夢に向かって真っ直ぐ』って言ってよ」
「ものはいいようだなぁ」
サトルは空に向かって笑った。
2人はまた歩き出していた。
「だからね。サトルのプロポーズは受けられないの。タカハシと結婚するから」
「いいぞー」
「サトルさぁ。本当はタカハシの背中を押したかったんでしょ?」
傷を抱えて。それを誰にも言わず秘密にして。ひとり苦しんで。
過去の記憶にグルグル回るばかりのタカハシに、何か強い『外圧』をかけたかったんでしょ?
「背中を押したかったんじゃない。背中を蹴り倒してやりたかったんだ」
「乱暴だね」
「この1年。ほんとイライラしたわ。お前みたいなエロ可愛い女から『好きです』って言われたらその場で連絡先聞けばいいんだよ。そんでその日にメシ食いに行って。その日に抱いてしまえばいいんだ。それを何あいつ? 10ヶ月も経ってキスしかしてないとか。トロいにも程があるんだよ!」
カブラギは下を向いて笑ってしまった。確かになぁ。遅いわ。待ちくたびれたわ。
「それで。私に告白してキスしてプロポーズまでしてすごいね。『このままだと横から奪いますよ』と言えば動かざるを得ないもんね。どうしてそんなにタカハシが好きなの?」
「は?」
「サトルさぁ。確かにアンタはあだ名が『どうかしちゃったミッキーマウス』で。なんでもかんでも異常だからわかりにくいけどさぁ。『タカハシへの愛』だいぶおかしいよね?」
「おかしくねぇぞ。フツーだ」
「フツーの男同士は『ネクタイまでしめてあげたり』しない」
サトルは黙って足元の自分の影をみた。右、左、右、左と動く。
「まるで『奥さん』だよ」
「オレがタカハシに恋愛感情があると言いたいのか?」
「うーん。それとはちょっと違うんだけど。家族のような。ひょっとしたら家族以上の感情があるんだって思うんだよ」
ふふ。サトルが笑った。
パッとカブラギを見る。
「カブラギ! オレには兄貴がいる! 名前は久保空羽。『くぼくうう』だ。空に羽と書く!」
「ええー。あんたみたいなのもう1人いるの? 勘弁してよ」
「いない」
「は?」
「生まれる前に死んだ!」
カブラギは驚いて立ち止まった。子供たちの群れが歓声をあげ2人の前を走り去る。
「妊娠10ヶ月で母親のお腹の中で死んだ。死ぬ1時間前まで元気に動いていたそうだ。出産予定日は1984年4月29日」
タカハシと同じ…………。
「タカハシはオレの兄貴の身代わりだ。オレはただ、兄貴にしてやりたかったことをアイツにしているだけだ。それがはたから見てだいぶおかしく見えるならそれでもいい。オレとタカハシの『兄弟愛』を邪魔するな」
サトルはカブラギを抱き寄せた。
「言っとくけど。お前とタカハシが結婚しようが、オレはタカハシの家行くからな。弟が兄貴の家に行って何が悪いんだ?」
カブラギは笑った。
「もちろんだよ。家、きてよ」
「…………なあ。カブラギ。俺を妾にしないか?」
「妾!?」
「妾って言い方がアレなら『第2夫人』だ。お前とタカハシで結婚して。オレとお前で結婚して。『3人でいつまでも仲良く暮しました。めでたし、めでたし』やろうぜ?」
カブラギは笑い出した。幸福な笑いだった。『いいなぁ。そういうの。楽しそうだなぁ』
「ありがとう! サトル!! でもここは日本で。重婚は禁止されているんだよ」
「そうかぁ。それは残念だ。じゃあ次は『一妻多夫』の国に3人で生まれてこようぜ? 今度こそオレとタカハシは血の繋がった兄弟になるから。お前はオレたち兄弟とまとめて結婚すればいい」
「うん。そうするよ」
「ちゃんとタカハシにプロポーズさせろよ。あいつが逡巡したら後ろから蹴り倒してやれ。『トロイんだよ! お前!!』って言ってやれ。オレはその間高い肉食って片っ端から女捕まえて遊んでるから。オレのことなんか心配するんじゃないぞ」
「はい」
「なあ。カブラギ。タカハシとお前が結婚するのはわかったが、オレはお前が真剣に好きなんだよ。久しぶりに真剣に人を好きになった。タカハシと上手くいかなかったらオレに言え。秒で婚姻届にオレの名前書いてやるよ。それでタカハシも入れて3人で仲良く暮らすんだ」
カブラギは笑った。「なにそれ」
「3人で生きていくならどっちと結婚しようが一緒だろ? お前あれだ。タカハシとダメならオレのとこ来て、オレとダメならタカハシのとこに帰って一生フラフラしてろよ。それで3人で1つの生き物みたいになって。明るく楽しく時々もめて生きていこうぜ」
カブラギはサトルを見つめた。カブラギだってだいぶサトルが好きであった。タカハシとサトルが合わさって1人になってくれたらなぁと思ったこともあった。この2人。足して2で割ると人間としてちょうどいい。
でもカブラギの左手には『プロポーズリング』がすでにはまっていて、もう一つするというわけにもいかない。タカハシのプロポーズを受けるなら、サトルのプロポーズは断らなければならない。
「ありがとうサトル。私タカハシと結婚します。それで孤児のタカハシの家族になって。絶対離れないでそばにいます。死ぬまでブレたりはしない。でも3人で家族みたいに生きることには賛成するよ。夢みたいだね。そんな夢みたいな人生を生きたい」
サトルが春を先取りしたような顔を見せた。萌える緑が土手のあちこちから生えて。桜が花びらを散らして。レジャーシートとお弁当とフラフープや縄跳び。子供たちが走りながら起こす風。そんな笑顔だった。
ミッキーマウスがディズニーランドでゲストを迎えるときに浮かべる。あの笑顔だ。
あとは何も言わず。ただカブラギを抱きしめた。
◇
『プロポーズを断りにきてくれたついでにいいこと教えてやるよ』とサトルが言った。
カブラギ高2のバレンタインの後。サトルはタカハシの家の冷蔵庫でチョコレートを見つけた。
生徒からもらってもけして持ち帰らず『職員室のお茶請け』になるだけのチョコレート。
『なんでこれだけ持って帰ったんだ?』と思いながらも1個食べた。トリュフチョコで。美味しかった。便せんに名前が書いてあった。鏑木紫陽。
見つけたタカハシにすごい怒られた。
「あ!? うぜえぞタカハシッ。そんなにカブラギからのチョコが大事ならなあっ。オレももらってるから明日学校から持って帰ってやるわっ」
『カブラギ』の名前を出されてタカハシがうろたえたのを見た。
翌日。またタカハシの家に行って2人でカブラギのチョコを食べた。『チョコエッグみたいになってるぞっ』『割ってみよう!』包丁をチョコエッグの真ん中に入れて中の砂糖菓子や小さなハートのチョコ(おそらくここは市販品)を見て2人で楽しんだ。
面白かったのは次の年だ。
冷蔵庫に『盗み食い厳禁』とメモが貼られ、カブラギのチョコの箱がグッルグルに輪ゴムで巻かれていたのだ。
「なあタカハシ」サトルが言った。「お前さぁ。次恋愛すんなら、あんな『オーディション』するみたいなクッソ女じゃなくて、カブラギにしろよ」
「なっ。なんでカブラギの名前がでてくるんだ。カブラギは生徒だぞ」
「あと2年もすれば成人するからアイツにしろ」
「そんなのカブラギが相手にしないよ。俺そのとき37歳だぞ」
どうかなぁ。サトルは笑った。アイツ突飛なやつだからなぁ。
オレ1人コッソリ知ってるんだけど、カブラギはすでにお前が好きなんだよなぁ。
まあ。今タカハシに言っても混乱させるだけだから言わないけど。お前カブラギにしとけよ。突飛で純粋でお前のATフィールドなんかぶち破ってくる何かがあるよ。カブラギには。
「生徒のチョコ大事に食べちゃって淫行教師が」
またタカハシに怒られた。




