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第37話 先生でしょ。先に生まれてきたんでしょ。

 木曜日タカハシが会ってくれた。

『panda panda』カフェである。タカハシはコーヒーでカブラギはカフェラテ。


 サンドイッチも頼んでくれて。


「せんせい〜」カブラギはタカハシの手を両手で包んだ。


「サトルに聞いてくれましたか〜!? アイツ何考えてるんですか〜!? 意味不明すぎて死にそう〜」


「うん。死なないでね」


 カブラギはエグエグしながらたまごサンドを口にしてハムハムと食べた。


「サトルに説明受けたというより……」

「はい」

「サトルとカブラギが朝一緒に来た日にね。学校についたら」

「はい」

「ガンって壁に押し付けられたんだ」


 ◇


「え!? 壁ドンですか!?」

「壁ドンというか……両手でこう……ワイシャツの(えり)の部分をつかまれてね」

「乱暴ですね」


「『これ以上ボヤボヤしてるとんぞ。てめぇ』って」


 カブラギは卵サンドあと一口で手をゆっくり降ろした。

「はい?」


「だからね……。思うに」タカハシが一口コーヒーを飲んだ。


「その『とる』というのは『盗賊』の『盗』って字を書くと思うんだよ。『盗塁』の『盗』」


 タカハシは空中に指で字を書いた。


「まぁ……そうだと思います」

「サトルすごいイラついていてねぇ」


 またコーヒーを飲んだ。


「普通に考えると『俺からカブラギを盗るぞ』って意味だよね」


 カブラギは下を向いてしまった。


 ◇


「それで。カブラギはどう思うの? サトルはカブラギのことが好きだと感じる?」

「感じますけど!」

「うん」

「サトルって同時に7人付き合えるような男じゃないですか! 私に『好きだ』と言っても同じセリフを同時にあと6人は言える人ってことじゃないですか! ほぼ『光源氏』じゃないですか。いっちいちあの男の話を真に受けない方がいいですよ!」


 ふふっ。タカハシが笑った。


「つまり『言っているけど本気ではない』と思っているのかな。カブラギは」


 いや。なんだタカハシのこの落ち着きは。カブラギがこんな心乱れてグチャグチャになっているというのになんだ。


 カブラギもなんだか落ち着いてきた。


「あの。つまり。何か変だと思います」

「変?」

「サトルの行動。何か違和感あります」

「うん」タカハシが口の端を少し上げて微笑んだ。


 ◇


「私を落とすならわざわざ先生に『見せる』必要ないじゃないですか。彼氏の前でわざわざおでこにちゅーしませんよね。彼氏怒るに決まってますからね」


「そうだね」


「怒るに決まっていると言うか『怒らせようとしている』が正解じゃないですかね?」


「そうだろうね」


 ◇


 タカハシはテーブルの上で腕をくんだ。サンドイッチに手をつける様子はなかった。


「つまり『おでこにキス』とか『プロポーズ』に目を奪われてはいけないんだよね。その前に『ボヤボヤしてると』が大事だと思うんだよ」


 カブラギは血の気が引いた。タカハシがあっという間に問題点に肉薄してしまったことだ。


「カブラギはサトルが何を『ボヤボヤしている』と言ったと思う?」


 もうダメだ、と思った。言わなければならない。


「あの……あの……公園で話してもいいですか?」


 ◇


 タカハシが公園のベンチに座らせてくれた。カブラギは泣き出した。びっくりされる。


 ハンカチで目を拭いてくれたので小さな子供のようにそれを受けた。


「先生〜。サトルの考えていることはピタイチ分かりませんが、私の思っていることを話してもいいですか〜」


「あ。うん。もちろん。どうぞ」背中をさすられた。


「先生は私が毎週新しい下着でデートに来てるの知ってますか〜」


 タカハシが完全に固まってしまった。全く予想しない方向から話が来たようだった。


「それ。私がクリスマス含め3日間も声を枯らして働いたお金で買ったんですよ〜」


「う。うん。ごめんね。知らなかった」


「何でかと言うと大好きな人に『きれいだ』って言ってもらいたいからなんですよ〜。それが言ってもらえるどころか全く見られず帰る女の子の気持ちって先生にわかるんですか〜」


 それで『うわあああああ』と声をあげて泣き出してしまった。辛かった2ヶ月が思い出された。幸せすぎて辛すぎた2ヶ月。


 タカハシは完全に打ちのめされてしまったようだった。『女の支度』など彼の人生で一度も気にしたことがなかったのだろう。うろたえてしまっていた。


「私、このままだとサトルと『初めて』しちゃいますからね〜。サトルならこんな待たないもん!!!」


 ハタチの子の。手放しの。純粋な気持ちだ。


「もうやだー! 毎週緊張しながらデートすんのやだー! 何『モタモタ』してんだタカハシッッ!! いい加減にしろーー!!!」


 それで。タカハシの胸をポカポカポカポカ叩いた。


 タカハシは絶句してしまっていた。


『もうどうしたらいいかわからない』と言った風情でカブラギを抱きしめると「ごっごめんね。ごめんね」と言った。


「カブラギがそんな風に考えているなんて全く気が付かなくって。馬鹿だよ。俺は本当に大馬鹿者だ」と言って今までで1番強くカブラギを抱きしめた。


「ちゃんとする。ちゃんとするよカブラギ」


 カブラギはタカハシを抱きしめ返した。


「ほんとちゃんとしてくださいよ!! お願いしますよっ。先生でしょっ。『先に生まれて』きたんでしょっ。ボヤボヤすんなっ。馬鹿っ高橋是也っ」


 と言って泣いた。


 ◇


 で、『翌土曜日タカハシの家に呼ばれてめでたしめでたし』とお伝えできればよかったのですが、残念ながら呼ばれたのは『タカハシの家』ではなく『カブラギ宅最寄り駅南口徒歩1分のロイヤルホスト』だったのですごめんなさい。


 実に残念なお知らせです。

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