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第33話 いくらなんでも真面目すぎるよ

 「タカハシ先生がもらったチョコはどうなるんですか? 毎年」カブラギは尋ねた。


 ふふっ。タカハシが笑う。


「俺のはね。職員室のお茶請けになるんだよ」

「えっ」

「なんでかというとね。サトルにはろくなチョコが来ないけど、俺には無難なものが集まるからね。サトルもそれを食べてるよ」


 なんということか。サトルにチョコを食べて欲しければタカハシに渡せばよかったのである。


「内緒ね。俺のをサトルが食べているとわかると、俺にウケ狙いのチョコが集まってしまうからね」



 舗装されたコンクリートの道を2人で歩いた。何カ所も遊具がある公園。スポット的に歓声がわくが、ここだけは静かだった。


 ベンチに座ったサラリーマンが目をつぶって日向ぼっこをしている。


「カブラギのは毎年凝っているから嬉しかったよ。サトルも『こりゃうめえな』って言ってた。2年の時はトリュフだったろう? カブラギは上手なんだね」


「はいっ。共働きの家庭だったので小さい頃から食事の盛り付けはやっていて。父が死んでからは家事を一手に引き受けてました」


「そう……えらかったね」


 カブラギは嬉しかった。タカハシのために心を込めて作ったけど、実際は児童養護施設の子が食べるだろうと思っていたからだ。お酒の量を注意して子供でも大丈夫なものを作った。


「チョコレート。楽しみにしてるよ」


 背中から抱きしめられ幸せの絶頂であった。


 毎年、生徒としてタカハシに唯一プレゼントできた日。だが今年は『彼女』として渡せる。



「それは違うぞー。カブラギ」サトルに言われた。


 すっかり密会場所になった高校の隣の駅ビルである。

 スフレケーキと紅茶の店に入った。


 スフレを崩しながらサトルが言う。

「お前のチョコ。タカハシの家で食ったんだ」


 は!? 職員室のお茶請けでしょ? 


「いんや。タカハシお前のチョコだけ家に持って帰ってたんだ。冷蔵庫に入ってた。オレはそれを勝手に食っただけー」


「なんで私のだけ?」


 サトルはニヤッと笑った。「6個入りトリュフチョコで。そのうち一つは赤いハート形で。『高橋先生。いつもありがとうございます。鏑木紫陽』ってハート型の便せんに書いてあるやつ」


「確かに私のだよ」でもなんで……。


 サトルがスフレを口に入れる「なんででしょー」シュワシュワと口の中で溶けてしまう。


「ちなみにオレもお前のは持って帰った」

「はっ!? アンタこそなんでよ。80個あんじゃん。そもそも私のチョコだってなんでわかんのよ」

「水色の水玉模様の包み紙で茶色のリボンがかかってる」


「……………………」


 確かにそうだ。


「どのジャリがどのチョコ入れたかぐらい記憶できるわ」


「はぁぁぁぁ?」


「凝ってたなぁ。チョコエッグみたいなやつの中にに砂糖菓子で『S』『A』『T』『O』『R』『U』って1個づつ入ってて、あとは金平糖とか小さいハート型のチョコとか入ってんのな。1日1個食べるのが楽しみだったわ」


 確かに……それはカブラギが作ったやつである。


「いや。でもどうして」

「タカハシん家にお前のチョコあったからよー。それ食って『こりゃオレの分もうまいぞ』と思って翌日80個の中から抜いたのよ。せいかいだったわー」


 驚愕の事実が判明した。なんと女子高生273名のチョコのうち鏑木紫陽だけが本人たちに食べてもらっていたのである。 


「カブラギちなみに今年はどうすんの?」

「え? タカハシ? 彼氏だもん。そりゃあ作るよ」

「オレにも同じの作れ」

「はっ!? いらないっしょ毎年80個ももらっておいて!」

「いいから作れ。タカハシの彼女ならオレの彼女も同然だろうが」

「んなわけないだろ!!!!」


 でも結局は同じ物を2つ作ると約束させられてしまった。

 しかもタカハシとタカハシの家で食べるというではないか。恋人同士のイチャイチャタイムかよ。ていうかそこに私をいれろよ。


 スフレを食べ終わったサトルはコーヒーをうまそうに飲んだ。



 カブラギは張り切った。必ずやチョコを食べたタカハシを笑顔にしてみせる。


 カブラギには悩みがあった。まだタカハシが抱いてくれない。


 タカハシに交際を申し込まれた後。3日間赤レンガ倉庫でやったアルバイト代全額をぶち込んで新品の下着を買った。


 なんと5組。


 白のレースやピンクの薔薇柄やハートの上下や真ん中に大きなリボンがついてるのや。


 何日もランジェリーショップに通いつめ試着を繰り返した。


 ああ、タカハシ。あなたはどうしてタカハシなの?

 どんなコが好きなの? 清楚な子? 大胆な子? カワイイ子?

 何をつけていったら喜んでくれるの? どんな匂いをさせていけばいいの?


 腹筋だって200回から250回にしたのだ!


 バストアップのマッサージだって怠らないのだ。お風呂の後いつもたっぷりのクリームをつけて念入りに背中から胸に肉を流し込む。


 カブラギの。4年もの夢が叶おうとしている。天にも昇る心地であった。


 カブラギを組み敷いたタカハシの情熱的な口づけを待った。


 それなのに。



「もうすぐ9時になるよ」と言って家に返されてしまう。


 いや、いいました。確かに『門限は9時』と言いました。


 でも、私、もうハタチなんですけど!!!


 成人なんです。自由意志で結婚できるんです。大人の付き合いだってOKなんです。


 ちょっとくらい門限破ってもよくない!?


 てか。『破ってよ』って甘くささやいてくれない!?


 そんなとこまで真面目じゃなくてよくない!?


 しかしカブラギは言えなかった。


 タカハシは孤児なのである。


 16で父親が死に、18で母親が死んだ。『心配させる』両親を失った。


 何時に帰ろうが、ひどい食生活をしようが、誰と付き合おうが、自由だった。


 誰もいない家に1人で帰る。ドアを開けても『ただいま』という人もいない。


 誰からも干渉されない。誰からも守られない。


 そういう20年を生きた人だった。


 最初の頃、カブラギの告白に呆れて『(社会人になるまでの)執行猶予期間モラトリアムを楽しんでいるのか』と聞かれたとき。カブラギは反発した。


 だが違ったのだ。あの時本当にタカハシはカブラギを心配してくれていたのだ。


 タカハシに執行猶予期間モラトリアムなんかなかった。


 高校3年間を親の介助のためヤングケアラーとして過ごし、大学に入ってからは生きるために働き続けなければならなかった彼にとって『親孝行しなさい』は本当に重い言葉なのだ。


 そう考えると『馬鹿正直に9時に帰るなんて真面目すぎる』とは言えなかった。



 夕飯を食べて。どこかの公園でキスして抱きしめられて帰る。


 毎回出かける前に悩んで新品の下着をつける。


「今日こそ誘われる。今日こそ誘われる」と時折デート中に緊張してきてしまう。


 それが何事もなく家に返され、1人鏡で無駄だった自分の下着姿を見る。


 緊張が解けて、座り込みたいような脱力感を感じた。

 虚しかった。理由を教えて欲しかった。

 先生。私何度も何度も『初めてをお願いします』とまで頼んだじゃないですか?


 それなのに何で簡単に家に返してしまうの? 私子供過ぎて魅力ないですか? 


 まだ『先生』のつもりなんですか?


 型崩れしないよう。そっとランジェリーを手洗いする。ぬるま湯に何度も何度も手で洗剤をくくぐらせながら泣いた。


 せっかく買ったのに。古くなってしまうよ。


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