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第32話 タカハシとサトルのバレンタイン

 12月25日に正式に付き合いだして1ヶ月がたった。


「せんせぇー。そろそろバレンタインのことも考えないといけないんですが、お好みのチョコレートとかありますか?」


 広い公園を歩きながらカブラギは聞いた。右手はタカハシと繋いでタカハシのダッフルコートのポケットに入れている。ポケットの中はカイロだ。

 カブラギは白いコートでピンクの手袋をしていた。ブーツは茶色。


「何でもいいの?」恋人が聞いてくれる。


「はい! 有名デパートには行列ができてますよ」

「うーん。そんなんじゃなくて。高校生のときカブラギが作ってくれたやつが食べたいなぁ」

「えっ!? 食べてくれたんですか? あれ」


 カブラギの高校はお菓子禁止である。建前だ。誰も守らない。

 たまに食堂で『お菓子パーティー』みたいになっているとタカハシに「校内のお菓子の持ち込みは禁止です」と軽く注意される。


 もちろん女子高生どもから「あいつほんと『歩く就学規則』」「うるせぇ」「誰もいない赤信号すら渡らないタイプ」とボロクソに陰で言われる。


 サトルは「おっ豪勢じゃねえか。オレ『シルベーヌ』な」とその場に座って食べだしてしまう。こいつもこいつで教師としてはどうなのか。


 そしてバレンタインデーはそれを逆手にとる。


 教師に「先生っ持ち込み禁止のお菓子をもってきてしまいましたっ」と差し出すのだ。


 タカハシはニッコリ笑って「規則だからね。没収するよ。来年は持ってこないように」と言って受け取っていた。もちろんホワイトデーはない。


 で。


 久保悟である。


 ほぼ色の抜けた髪をふわふわさせた、そのくせやけに高そうなスーツを着ている数学教師。入学初日から度肝を抜かれたカブラギだが、バレンタインデーの驚きといったらなかった。


 カブラギは1年A組。先生に届ける資料があり廊下にでていた。


 そこに、サンタクロースの白い袋みたいなデカいやつを握りしめてズカズカ歩いてくる男がいた。


『あ……久保先生』


 むっすぅ〜としている。そして1年A組の前で止まると、馬鹿でかい声で怒鳴ったのだ。


「おいっ!! チョコレート持ってきたやつっっ。没収だよっ。今っすぐこの袋に入れろーー!!!」


 声はカブラギしかいない廊下に響き渡った。


 間髪いれず


「「「「「きゃぁぁぁぁぁ!!!!」」」」」


 という嬌声きょうせいが上がったかと思えば女の子たちが飛び出してきた。


 憮然ぶせんとした顔のサトルが広げる白い袋にどんどん、どんどん、どんどんチョコが投げ込まれていく。


「キャハハ! キャハハ! キャハハ!」という笑い声が響きみるみる白い袋が埋まった。


 ところがいきなりサトルが投げ込まれたばかりのチョコレートを一つ右手でバシッとつかんだ。


 そして天高く掲げた。


「3年C組 吹石未比呂てめぇぇぇぇぇぇ!!!」


 走り去るクルクルパーマの女生徒の背中に怒声を浴びせる。


「オレはこんなんじゃねえぞ!!! 見せてやるから放課後美術室にこいっっっ!!!!」


 その場がどっと湧いた。


 吹石を4.5人の女生徒が取り囲み「キャハハハハ!」「やったじゃーん!!」「お手柄〜!!」と背中を叩きながら爆笑して去っていく。


 カブラギが見たところそれはチョコを彫って作った『ダビデ像』であった。顔だけサトルそっくりになっている。プラスチックの箱に入っていた。


 あとから聞いたところによると吹石はこれを2ヶ月がかりで作ったらしい。プロ顔負けの素晴らしい出来である。


 廊下は誰もいなくなったが各教室から大爆笑が聞こえる。


 1部始終を間近で見ていたカブラギはポッカーンとしていた。


 カブラギに背中を見せていたサトルが「ちっ。毎年毎年おちょくりやがってっ!」と毒づいた。

 それからクルッと振り返り「カブラギッッッッ」とデカイ声をあげた。


「はっはい」


「お前のチョコはどうしたっ!」


「学校はお菓子持ち込み禁止なので持ってきてません…………」


「お前は持って来い!!!!」


 そして肩を怒らせて去っていった。


 ◇


 チョコレートは『当校はお菓子の持ち込みは禁止されております。来年度は注意してください』の張り紙とともに職員室の廊下に積まれた。

 長机が3っつくっついていてそこに80個分のチョコレートが没収品として並ぶのである。


 学校はスマホ禁止だがこの時ばかりは爆笑とともに写真大会になる。


 並んでいるチョコレートが

『アポロ製作キット』『トミカシリーズ』『恐竜』『ゴリラチョコ』『デカデカポッキー』とまあ見事にふざけていた。


 バレンタインデーだというのに巨大な『よっちゃんイカお札』まである。


 真ん中には『サトルの顔したダビデ像』が飾られ全員これで記念撮影をした。


 制作した吹石未比呂はヒーローだった。


 カブラギはこの時初めてこの学校における『バレンタインデー』とは『サトルをおちょくる日!!』であることを知ったのだ。


 サトルをキレさせたやつがヒーローなのだ。


 次の年からはカブラギもこのバレンタインデーに参加した。1月初めから女子高生たちはどんなチョコをサトルにあげるかで毎日盛り上がった。お小遣いを出し合って『いかにアイツをコケにするか』で知恵をしぼった。


 こんな面白いイベントない。


 ◇


 でも。このチョコレートどうなるのであろうか?


 サトルに聞くと「食った」しか言ってくれない。食べるわけないよ80個。


 ところが意外なことでチョコレートの行方がわかった。


 カブラギ2年の時悪ふざけがすぎた女子がいた。チョコレートの中に『抹茶』にみせかけた『ワサビ』。『シトロン』にみせかけた『カラシ』。『いちごジャム』にみせかけた『トウガラシ』をクリームとして入れた奴がいたのだ。


 後に製菓学校に進む腕前で、非常にまずいことにそっくりに擬態されていた。


 これは、シャレにならない。


 そもそも『写真撮影』のためのチョコなのだから、趣旨にも反するわけだ。


 これを児童養護施設の子供が食べて大問題になった。


 ここで初めてサトルがチョコを寄付していたことがわかるのだ。


 理事長と懇意にしている児童養護施設。理事長とサトルは毎年実に3カ所を回り、1日中子供達と遊んで、すっかり『チョコのおじさん』として人気者になっていることもわかった。


「あなたのやったことは犯罪ですよ」と理事長と校長に厳しく注意されたのが大利根類衣という女生徒。親同伴の大問題である。


 サトルには「バーカ! 本当にオレが食べるわけねーだろ。毒盛るなら確実にオレに盛ってこい!!」と怒鳴られたらしい。


 校長室から帰ってきた大利根は真っ青だった。


「おおとねー。そんな怒られたの?」声かけられた彼女はカクカクと横に首を振った。


「怒られたことよりも……アタシ……チョコのどこにも自分の名前を書いてなかったんだけど……なんでアタシが作ったって……」


 全員が真っ白になった。


 ◇


 しばらくサトルは不機嫌だった。チョコに毒を盛られたからではなく『いいことをしている』のがバレて嫌だったのだろう。


「次やったやつ停学なっっっ」珍しく生徒を脅迫した。

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[一言] ……サトルッ!(萌) チャラ男が実はいいひとはポイント高い!
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