第27話 『ゆさぶりをかけてやる』
翌木曜日。カブラギはカフェ『panda panda』に行った。ほんとにいる! 静かに文庫本読んでいる。
「あっ先生」カブラギは演劇部時代の経験を総動員した。台本まで書いて家で練習したのだ。
タカハシがふと顔をあげた。意外そうにカブラギを見た。
「カブラギ……どうしたんだこんなところで」
お前大した役者だな!!!
「レポートですよぉ。家に帰ったら誘惑が多いからここで書いて帰るんですぅ。天野のやつー」
タカハシが『ふふふ』と笑った「天野啓治先生? 厳しいよね。俺も泣かされたよ」
「ちょうどよかったー。可哀想な生徒を助けてやってくださいよー」タカハシの文庫本に目を走らせる。夏目漱石『こころ』だ。
タカハシは丁寧に教えてくれた。難解な教科書も彼の手にかかるとあっという間に飲み込めた。
「いつもすみませんー」いや。マジで。これ助かる。
「どういたしまして」
ふと。タカハシのいつもの『どういたしまして』はカブラギが思う以上に深い気持ちで言ってくれているのではないかと思った。
「お礼と言ってはなんですけどー。今度天丼食べに行きませんか?」
「天丼?」
「ほらー。2週間前くらいに送ったじゃないですか?」
「ごめんね。記憶にない」
嘘つけ!! 何日も見てため息ついてたんだろうが。
「これですよー」とカブラギはスマホのトーク画面を見せた。タカハシが笑う。
「ああ。これ。俺の在学中にも行ったよ。海老が大きくて美味しいよね。久しぶりに食べたくなったなぁ。お友達と行ったの?」
「え? なんでですか?」
「この天丼の前に写っている手。カブラギの手にしては太いなぁと思って」
!!!!!
◇
『謎は全て解けた』天丼を接写するために、前の座席の人物は手とセーターしか写っていない。胸の部分が写ってないのだ。
一見。男に見える!
「やだ先生。『彼活』とでも思ったんですか? 女の子ですよ。手が太いとか言って可哀想じゃないですか」
「あ。ごめんね。『彼活』は順調なの?」ニコニコしている。
コイツ。ニコニコしてやがる。ニコニコして探ってきやがる。
お前本当は何日も『カブラギ男と2人でランチしたのか』って悩んでたろうが!! バカが!! バレてんだよ! あとスマホの認証番号変えとけよ!!!
「全然ダメですよー。私やっぱりタカハシ先生以外は好きなれそうもないです」
「そんなことないよ。大丈夫だよ。カブラギ」
お前が大丈夫じゃないんだよ!!
カブラギは無理矢理次の土曜日の約束を取り付けた。
◇
タカハシは澄ました顔で待ち合わせ場所にやってきた。
昨日サトルに電話口で『アイツさぁ。なんでか木曜だけ5時30分にいそいそ学校出てくんだよなぁ! ずっと「なんだ?」って思ってたんだよ!!』と爆笑されたとも知らずに!!!
カブラギは訳がわからなかった。たった一言。LINEで。『会いたい』って言ってくれたら。カブラギはどこにだって。例え地球の裏側にだって駆けつけるのに。
どうしてカフェで現れるかもわからない私を待つの?
なぜそんな回りくどいことするの?
私のこと。好きなんでしょう?
◇
プリップリの海老にタカハシもカブラギも舌鼓を打った。
「懐かしいなぁ」って何度も言ってた。
大学首席で。教授に学問の道を熱望されてて。孤児だからお金がないからあきらめたタカハシ。
カブラギのスマホが鳴った。
「すみません。LINEです。失礼して見てもいいですか?」
「どうぞ」タカハシが笑ってくれた。
「トンちゃんだぁ」
カブラギがタカハシにスマホを見せた。
名前のところに『トンチャン』と表示されていた。
「友達ですよ。あ〜。『今日6時に池袋で飲まない?』かぁ」
一瞬タカハシの顔に陰が走った。
「今1時だから充分間に合うけどなぁ」
「仲良い友達?」その瞬間。カブラギにある考えがわいた。
「仲良いっていうか。口説かれて困ってるんです。あ! 野間トオルくんて言うんですけど。カッコいいし背も高くて優しくて人気者なんですけど。すぐ2人きりになりたがるんですよ」
「そうなんだ」
「私は友達5人くらいで遊ぶ方がいいんですよ。いきなり2人はなぁ。もっとこう性格がわかってから出かけたいなあ。『行けたら行く』って打っときますね! 飲み会自体は大勢だから私いなくてもいいし」
「……………………カブラギ」
「はい」
「天丼懐かしかったよ。連れてきてくれてありがとう。よかったら神保町に美味しいコーヒー店あるけど。行く?」
「いいですね!」
神保町に移動してコーヒーとシュークリームをご馳走してくれた。
豆をその都度で挽き、店員が1メートルくらい離れた高さからお湯を注いでくれる本格的なもので(ほどよく冷めるらしい)。シュークリームもしっかりした生地で上品な味がした。
「大人って感じですねー」
「気に入った?」
「はい!」
「よかったらこのまま古本屋街にいく?」
「いいんですか!?」
古本屋を巡った。マジで楽しかった。タカハシとならいくらでも本の話ができた。
「よかったらだけど……」夕飯におでんをご馳走してくれた。おでんの汁に日本酒を入れて飲む。湯呑みで供された。あたたまる。
気づくと夜7時!
「カブラギ。門限は何時なの?」
「あ。9時です」
「じゃあもう出発したほうがいいね。お母さんに心配をかけてはいけないよ」
家の玄関まで送ってくれた。
「なんかすっかりご馳走になりすみません!!」ぺこりとした「どういたしまして」
酔ったタカハシは軽く右に体を傾けておどけた。
カブラギは気づいていた。タカハシはさりげなーく。カブラギの希望を確認しながらも。
どんどん、どんどん、池袋から遠ざかっていったことを。
◇
翌日大学でトンちゃんに謝った。
「昨日はいけなくてごめーん」
「男どもがガッカリしてたよー」
「本当ごめん」
トンちゃん。全身ピンクの。夏でもブーツを履くオシャレ女子東畑梨々香。
タカハシに言った『野間トオル』は今カブラギが一押しのお笑い芸人『野間アタル』をもじっただけである。




