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第21話 月に刺さった星条旗より遠い

 フラれた。

 完膚なきまでにフラれた。

 どうにもくつがえせなかった。


 カブラギは家に帰って泣き続け、あろうことかお気に入りの『マウンテンズ』のペンギンを壁に何度も叩きつけた。夕飯は食べられなかった。


 夜中の2時にふとサトルを思い出してLINEした。


====================

タカハシに完全にフラれた。鬱だ。死にたい。

====================


 驚くことにサトルからすぐ電話があった。


 サトルの声の向こうからザワザワした空気が漂っていた。女の子の歌声が聞こえる。『MISHA』だ。カラオケボックスにいるなと思った。


「何だぁ。カブラギ。何でお前あの『友達ムーミンのいないスナフキン』なんかにフラれてんだ」

「そのムーミンがアンタなんだよ」


 サトルが愉快そうに笑った。


「明日、日曜かぁ。バイトどうした? 休みか? 肉食いにいこうぜ」


 ◇


 サトルがお昼に連れて行ってくれたのはステーキチェーン店で『ステーキ200g ご飯・サラダ・スープ付き1280円』だった。


『メンタルボロボロなのに食べられないよ……』


 思ったが食べられた! ペロリと! パワー出てきた!!


『ハンバーグステーキセット』を食べていたサトルがニヤニヤした。


「へこんだときは肉だろ?」

「うん! 元気でた!!」


 『じゃ、今食った分消費な〜』カラオケに連れて行ってくれた。

 どうでもいい歌を3時間2人で歌った。スッキリした。


 家の玄関まで送ってくれたので「あ! サトル!! 今日の分払うよっ。いくら? サトルの分も出すよっ」と言ったら「はいはい。要りません」笑われた。


「いやっ!ダメッそういうわけにいかないよ。すごい今日楽しかったしっ」手をつかまれる「じゃあ、キスで払え」


「え?」


「どーしても払いたいんなら金じゃなくてキスで払え」


 そのままグニャグニャとサトルの首の後ろに両手を回すとカブラギからキスした。

 唇と唇が触れ合うだけのふんわりしたキスだった。


 サトルが子供を抱っこするかのように両手指をカブラギの背中で組んだ。


「カブラギさー」

「うん」

「お前いくら『死にたい』とか『鬱だ』とか『終わった』って言ってもいいけどさー。俺にだけ言え。お前ちょっと危なっかしい。今のお前なら変な男に騙されかねない。俺以外には平気な顔してろ」

「わかった」

「しばらく毎日遊ぶからな。俺のLINE注意してみてろよ」


 家に帰ってカブラギはショックで座り込んだ。タカハシ以外の男とキスしてしまったことではなく、全然それが嫌ではなかったことだ。


 それどころか、サトルとキスしてものすごい癒されてしまった。


 傷ついた女の子が出会い系サイトで変な男に引っかかる気持ちが今のカブラギにはよくわかった。


 好きな男でなくとも、ぽっかり空いた穴を埋めれるならなんでもいい。


 ◇


 それでサトルは本当に毎日遊んでくれた。


 大学やバイトの合間をぬって30分でもサトルと会った。マックでマックシェイクとフライドポテトを食べるだけでも楽しかった。


 カラオケに行くとサトル1人だけが歌ってカブラギはサトルにベッタリくっついて泣いたりした。

 いつのまにかサトルの膝の上に頭をのせてうたた寝してたときもあった。


 サトルは『マウンテンズ』とか『米津玄師』とかカブラギの好きな歌ばかり歌ってくれた。


 ヘーキでカブラギの家に入ってきた。


「おかーさーん。お久しぶりっすー。シヨウをコテンパンにやっつけに来ましたー」


 Nintendo Switchを持ち込み3人で『マリオカート』をやった。

 コイツほんと堂々と夕飯まで食べていきやがる。なんか最初から『家族でした』みたいな顔してる。


 カブラギの母親もサトルがいることに何の違和感も感じてないようだった。


 夕飯のあとリビングでゴロゴロしながらカブラギはサトルに言った(カブラギの母親は少し離れた台所にいる)


「サトルさー」

「おう」

「私のこと8番目の彼女にしてくれない?」


 サトルが吹き出す。


「は? 8番目? あとの7人はなんだ」

「いや、だって彼女7人いるっていってたじゃん」

「バーカ。それ3年前だろうが」


 そう。久保悟という男はなんでもかんでもあけすけに教えてくれる男であった。高橋是也が『得体が知れない』なら久保悟は『しゃべりすぎ』な男だ。


 女子高生どもの質問になんでも答えてくれる。


『サトルさー。今何人とつきあってんの?』『7人』『は? なにそれ? 日替わり? 』『シフト制』(ここで女子高生が一斉に笑った)『シフト制って。1人と会ってるときに他の6人浮気してるよ!』『別にいい』『は!? なにそれ』『オレがいないときに何してようがどーでもいい』


 こういう男なのだった。本当に教師か。


「3年前は7人いたけど今は誰とも付き合ってない」

「え? サトルがひどいからみんな別の男のとこに行っちゃったの?」

「バーカ」


 漫画を読んでいたサトルがポテトチップスを口にいれた。


「そうじゃなくてオレ今すごい真剣に好きな女がいんのよ」


 寝転んでたカブラギが起き上がる。


「え!? 私とこんなとこでこんなことしてていいの!? 」

「いいぞー」

「サトルってさー。いつもどうやって女落としてんの?」


 サトルがニヤニヤした。


「簡単だぞー。人間だから浮き沈みあるだろ? 沈んだところに優しくすんのよー」

「わっるいねサトルー」

「わっるいだろー。お前はそういう男に引っかかっちゃダメだぞー」


 漫画から目を離さずカブラギのほっぺをプニプニした。


 ◇


 サトルといると元気になれるけど、サトルがいないと泣いてしまう。

 ぽっかり空いた穴を埋めても埋めても新しい穴が空いた。


 4年も好きで、今も好きで、きっと明日も好き。

 一生タカハシの不在に泣き暮らすのかと思うとやるせなかった。


 ◇


 今日はサトルと遊べなかった。

 カブラギのバイト先。弁当屋『おなかいっぱいたべたい』略称『おないつ』の飲み会だったのだ。


 店長は上機嫌だった。


 何せカブラギという『超ド級に可愛い子(しかも巨乳)』のお陰で連日満員御礼。弁当屋の売上げ前年比3倍である。

「なんでも食べていいからねっ」と気前よくアルバイトたちに奢ってくれた。


「え? カブラギさん。結局文化祭の『ミスコン』辞退したの?」

「はい。アルバイトが忙しいのでお断りしました」

「「「もったいなーい!!!」」」


『ミス同機社大事務局』は真っ青であった。なにせオッズNo.1の鏑木紫陽がコンテスト自体を棄権してしまったのだ。


「カブラギさんが出ないと始まらないよー!」と泣きつかれたがカブラギは首を縦に振らなかった。


 確かに。


 確かに出ればカブラギは優勝できるかもしれない。

 

 白いビキニを着てたゆーん、ぷるーん、ぽよよ〜んとした胸をご披露すれば、会場の男は全員虜にできるかもしれない。カブラギの承認欲求もさぞや満たされることだろう。


 でもその夜自分はきっと泣いてしまう。


 大学中の男を虜にしてもタカハシだけは落ちないと思うと泣いてしまう。


 蜃気楼タカハシのことを考えるだけで辛い。


 カブラギはしたたかに飲んだ。


 ◇


「お先に失礼しまーす」と店長やパートさんを残してカブラギは飲み屋をでた。


 星がサンサンと瞬いている。


 そのまま駅に向かうつもりが気づくと回れ右で高校にむかっていた。


 校門前の土塀にもたれかかって座り込んだ。


 闇の中で1ヶ所だけ灯りがついている。


『あー。職員室だぁ』


 もう8時30分なのにねー。残業お疲れさまー。


 ダラリとしたカブラギを街灯が1基照らしていた。


『タカハシのすぐそばまで毎日来てるのに全く会えないー』涙がにじむ。『タカハシは今、月に刺さった星条旗より遠いひとー』


 やっぱお弁当、買いにこないかぁ。気まずいもんなぁ。


 フッと職員室の灯りが消えて学校が真っ暗闇になった。しばらくして人影が見えて来た。


 人影はカブラギの姿に気づくと小走りになった。真っ直ぐカブラギに向かってくる。


「カブラギ!? やっぱりカブラギか!? どうした!?」


 タカハシだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 鏑木ちゃぁぁぁん! 狙われてるんじゃないですか、それっ!? タカハシ助けてーーーー!
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