第18話 ゆ、誘惑!?
「あ……それでね。カブラギ」
焼き鳥屋で〆の『焼きおにぎり茶漬け』を食べながらタカハシが言った。
「ごめんね。この間」
「え? いつですか?」
「ほら……花火の時……」
カブラギはドキッとした。花火って。タカハシにキスされたときの!
「感情的に怒ったりしてごめんなさい」タカハシが頭を下げた。
「いっいえいえいえ! いえいえいえいえ!」
カブラギは全力で両手を振った。「わ……わた……私こそ先生のプライベートにズカズカ踏み込んですみませんでしたっ。怒るの当然ですっ」
「あれから反省したよ。先生はね。生徒に感情的になっちゃいけない」
「いやっあのっ私が未熟だったのでっっっ」
「生徒が未熟なのは当たり前なんだよ」
タカハシが箸をピシッと箸置きに置いて両手を膝の上にのせた。
「『先生』は『生徒』が間違ったことをしたときには『理』を持って向かい合わないといけない。先生は『先に生まれる』と書くからね。未熟なところも通ってきたし、だからこそ指導もできる。俺はあの時それを忘れてしまってたよ」
あ。あの怒ったのはそれでわかりますがキスしたのは……。
何も言われなかった。
◇
結局そのまま「帰ろうか」ということになった。タカハシがカブラギと2人きりで会った理由がわかった。
タカハシは花火の日以来ずっとカブラギに『申し訳なかった』と思っていてくれたのだ。
何も説明しないから! そう見えてなかったが!
駅まで送ってくれ(焼き鳥屋から1分)例によって「気をつけて帰りなさい」と手を振られた。
ここでカブラギは勝負に出た!
「いえっ。私も歩いて帰りますっっ」
◇
「いや。2駅と言ってもカブラギの家から1時間はかかるよ」とタカハシに言われたが「ヘーキですっ。高校の時もよく歩いて帰ってましたっ」と言いつのった。
結局タカハシがカブラギの家まで送ってくれることになった。そこで解散。カブラギはタカハシの家がわからずじまいというわけだ。
2人は学校から歩いて15分の土手まで行き、あとはひたすら土手沿いを歩いた。
『リー・リー』という虫の声がした。
昼間はまだまだ灼熱地獄だというのに、秋はそこまできているのだった。
1年たっても去年の枯れたススキが残っていてグッタリとこうべを垂れていた。
カブラギは思い切ってタカハシの手を握った。タカハシは振り払うこともなく、かといって握り返すこともなく歩いた。
蜃気楼タカハシ。
気持ちが見えない。
先生。わかってますか。私あの教室で先生と『赤と黒』について話した時間が幸せだったんです。ずーっと先生と議論し続けたかったんです。
一生、先生と『赤と黒』とか『百人一首』とか夏目漱石の『こころ』とかの話がしたいんです。隣にいたいんです。
『ハタチ妻』になりたいからって理由だけで先生と結婚したいんじゃないんです。
先生わかってますか。
また感情的になって、私にキスしてくださいよ。
家出した子供のようになってトボトボ歩いた。
◇
カブラギの家の前に着いてしまった。
え? 1時間? ほんと1時間経ちましたか? 3分くらいじゃなかったですか!?
タカハシともっと歩いていたかったがここが終点だった。
「あっ。今日はごちそうさまでしたっ」カブラギがピョコンと頭を下げた「ありがとうございましたっ」
「いやいや。こちらこそありがとう」タカハシがニッコリした。
「実はね。生徒とお酒を飲むのが夢だったんだよね」
「夢?」
「うん。学生の頃ね。『卒業した生徒と飲みに行けるような先生になろう』と思ってたんだけど。実際に赴任したのが女子校でねぇ。女の子だと個人的に誘うのも気が引けるし……クラス会ぐらいしか機会がなくてね。カブラギのお陰で夢が叶ったよ。ありがとう」
ここでカブラギがカ〜ッときた。
この人!! 私の気持ちを知ってるくせに!!
この後に及んで『先生』と『生徒』にこだわってる!!!
パッと明るい顔になった。
「先生っ。それは良かったですっ。生徒としても嬉しいですっ。アレ? 先生頭に何付けてるんですか?」
「え? 頭?」タカハシが慌てて髪を触った。
「違う違う! 左っ。左です。ああもう頭下げてくださいっ」
身長170センチのタカハシの頭を下げさせた。カブラギは155センチだ。タカハシの髪の毛をカブラギの左手でかきあげると右手でネクタイの根元をグッとつかんだ。
!?
タカハシがギョッとしたが遅かった。タカハシの左の目をすっかり見ながらタカハシの唇を強引に奪った。
「うっうっ」と言いながらタカハシがカブラギから逃れようとするが無駄だ。ネクタイを捕らえられている。鎖に繋がれた犬のようにその場を離れられなかった。
カブラギはタカハシの唇を思う存分蹂躙した。それからいきなりネクタイから右手を離した。
反射的にタカハシがのけぞる。
「カブラギッ! 何をするっ」
「誘惑したんですよ〜〜〜」カブラギがタカハシをにらみつけた。
「ゆ、誘惑?」
「生徒とキスしてんじゃないよっ。淫行教師がっ」
バタンッ。
音を立ててカブラギは家のドアを開けて閉めた。母親は夜勤でいない。
茫然と髪をかきあげて両目を見せたタカハシが残された。




