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第15話 『蜃気楼タカハシ』

 一緒に帰ってくれることはなかった。


「健康のために歩くことにしているんだ」と言ってカブラギを駅に送るとそのまま改札に入らずどこかに行ってしまう。なぜかサトルはついてきた。


「アンタこの路線じゃないでしょうが」と聞くと「え? この路線だよ。今日はこのままタカハシのうちに泊まるかんねー」と言われる(無許可)


「は!? じゃあ何でタカハシはここにいないのよ!?」

「そらあアレだよ」サトルが笑う。「タカハシ秘密主義だから!」


 タカハシの家の最寄駅を聞いても「そんなん言ったらタカハシに殺されるわ」と言って教えてくれなかった。カブラギの家の玄関まで送ってくれた。


 道中言われる。

「カブラギさー。なんであの人なの?」

「は? 『オレじゃないのか』ってこと?」

「そーね。オレの方がいい男だぞ。カブラギ」


 フフフフ、と電車の窓ガラスを見ながら笑った。


「カブラギ」

「うん」

「あの人相当難しいよ」

「………………」

「追えば追うほど逃げる『蜃気楼』みたいな人だよ。『蜃気楼タカハシ』。恋愛初心者のお前に立ち向かえるような相手じゃないけどね」


 カブラギはとがった自分の靴先を見つめた。

「うん……。全然相手してもらえないよ」


 キスされたことをサトルに相談したかったが、その前に怒らせたことも言わなければならず、タカハシの秘密についても話すことになるから言えなかった。


 カブラギの家に向かう商店街を2人でぶらぶら抜けながら話した。サトルといるとリラックスできて、気兼ねなくて、楽しかった。


「まぁ〜。あれだ。お前にとっていい話もしてやるよ」

「いい話?」

「この間さー。タカハシと有楽町に行ったろ? タカハシの服、なんか思わなかった?」

「あー。思ったよりオシャレだなぁって」

「オレが選んだからね」

「ええっ!?」

「服のことなんか相談されたことないよ。いつもオレが勝手にネクタイ買ってあいつにしめてやるくらい。押しかけスタイリスト」


 ふふっ。思い出したらしいサトルが『楽しくてたまらない』って顔になった。


「それがさぁ。オレに言うのよー。『20歳の女の子の隣にいても恥をかかせない服ってどんなのかなぁ』って」


 ええっ。カブラギは思わず立ち止まった。そんなそぶりは微塵も……。


「タカハシのバック。オレのお古なんだけど知ってた? あのトリコロールついてるやつさぁ。18万なのよ。タカハシが持っている中で1番いいバック」


「えっ!? あっあれっそんなにするの?」サトルがニヤッと笑って自分の『エルメス』のバックを見せた。サトルのお古なら確かにそのくらいのものなのかもしれない。


「悩んでたぞー。『どこに連れて行ってあげれば喜ぶかなぁ』って」


 ◇


 カブラギは家に帰ってベットでぼーっとした。

 お腹に『マウンテンズ』と書いてあるペンギンのぬいぐるみを抱きしめて。


『マウンテンズ』はカブラギが今一番好きなバンドで、ペンギンがイメージキャラクターなのだ。マウンテンズのライブグッズはとぼしいお小遣いをやりくりして何とか買っていた。


 最初にタカハシと出会ったときに落としたハンカチとかはいてたパンツ(!)とかはみんなライブグッズなのだった。


『蜃気楼…………』


 ピッタリだ。これ以上タカハシに当てはまる単語はない。


 カブラギは本棚から夏目漱石の『こころ』を取り出して読んだ。高校生の時買ったもので、赤線が引いてある。

『タカハシっぽい』と思うたびラメ入りペンで文庫本に線を引いた。無駄に『こころ』がキラキラした。


=====================

けれども先生の私に対する態度は初めて挨拶あいさつをした時も、懇意になったそののちも、あまり変わりはなかった。先生は何時いつも静かであった。ある時は静か過ぎてさびしいくらいであった。私は最初から先生には近づきがたい不思議があるように思っていた。

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先生と同郷の学生などには時たま座敷で同座する場合もあったが、彼らのいずれもはみんな私ほど先生に親しみをもっていないように見受けられた。

「私はさびしい人間です」と先生がいった。「だからあなたの来て下さる事を喜んでいます。だからなぜそうたびたび来るのかといって聞いたのです」

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「信用しないって、特にあなたを信用しないんじゃない。人間全体を信用しないんです」

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私は未来の侮辱を受けないために、今の尊敬をしりぞけたいと思うのです。私は今より一層(さび)しい未来の私を我慢する代わりに、淋しい今の私を我慢したいのです。

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人間を愛しる人、愛せずにはいられない人、それでいて自分のふところろうとするものを、手をひろげて抱き締める事のできない人、――これが先生であった。

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 主人公の『私』は海辺で『先生』と知り合う。『先生』は誰に対しても打ち解けてくれない。


 なぜなら『こころ』の『先生』は秘密を抱えていた。それは『罪』だと言ってもよかった。


『あんまり人の秘密を聞くと…………自分の体に毒が回るよ?』


 毒が回るほどの『秘密』ってなんだろう。先生のお父さんやお母さんが死んじゃって今ひとりぼっちてこと? お金がなくて大学院に行けなかったこと? 片目を隠しているのは両目で見るには世界が辛すぎるから? それともまだ他に何かあるの?


 それから闇夜でしたタカハシとのキスを思い出して1人赤くなった。


 ◇


 弁当屋に勤めて無事1ヶ月がたった。


「はいっカブラギさんっお給料っ」と明細をもらった(支払い方法は銀行振込)嬉しくて嬉しくて何度も眺めた。

 今まで色々なバイトをしてきたが『給料日』は何回来てもいい。


 サトルに『お給料でたよー♡』とLINEしたら『マジかーおごれよー!』となんかちゃっらいスタンプ4個くらい連続で送ってくれた。


 タカハシにはLINEしなかった。タカハシには遠慮がある。今までも『今日はごちそうさまでした』しか送らないしタカハシからも『どういたしまして』しか帰ってきたことはない。ノースタンプである。絵文字もない。

 タカハシはスタンプをダウンロードすらしたことないに違いない。間違いない。タカハシはそういう男。業務連絡以外使ったことはないはずだ。


 サトルはカブラギに『オトイチ(学校最寄駅そばのスーパー)でもやしが5円だったぞ!』みたいなつまらん情報をどんどん送ってきた。主婦仲間か。カブラギも『ヘンな犬がいたよ!』みたいな面白LINEを送ってしまう。サトルは楽だった。


 タカハシに送る時はいつもドキドキして、何度も文面を確認してから送る。タカハシからのそっけない返事をいつまでも待った。


 午前11時くらいにタカハシが弁当屋に入ってきた。


 ◇


 いつも通り目を伏せて「店員さん。今日のおすすめはなんですか?」と言われたので「生姜焼き弁当です」と答えた。


 代金をタカハシから受け取って(他の客にはトレーを介しての現金やりとりだが、タカハシからは直接受け取るのだ! 爪の先でもタカハシに触れたい!)弁当を厨房から受け取って、ビニール袋につめて、タカハシに渡して終わり。これでタカハシは帰ってしまいカブラギはタカハシの背中をいつまでも眺めることになる。


 ところが今日は違った。


 弁当を受け取ったタカハシに声をかけられた。

「カブラギ」

「はいっ」

「サトルから聞いたけどお給料出たんだって?」

「はいっ。お陰様で」

「がんばったね」

「ありがとうございますっ」

「この1ヶ月カブラギを見ていたけど、本当に真面目に働いてたね。えらかったよ。ご褒美に何かおごってあげる」


 ええええ〜っ。


「あ……あの……サトルも一緒ってことですか?」


「あ。俺だけなんだけど。サトルも呼びたい?」


「いいえっ。いいえいいえいいえっ。あんなクッソチャラいエルメスとグッチとヴィトンに埋もれてるみたいな男呼ばないでくださいっ。あいつブランドに圧殺されて死ねばいいんだっ。誰も呼ばないでくださいっ。いつにしますかっ。例え綾池剛に呼ばれても先生を優先しますっっ」


 機関銃のようにまくしたてた。


「綾池剛より優先してもらえるのかぁ(下を向いたままタカハシが笑った)それはすごい。大学はまだ夏休みだよね。バイトは何時までなの?」

「6時ですっ」


 カブラギとタカハシは夜6時30分に待ち合わせをした。

綾池剛→大人気の実力派俳優



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[一言] タ・カ・ハ・シ・か・ら・の・お・さ・そ・い・~!  FOOOOOOOOO!!!! (∩´∀`)∩~♪
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