第14話 気まずいバイト
だがバイトは来てしまうのである。カブラギは翌朝頭をうなだれてバイト先に向かった。
バイトは午前10時からで(初日は9時)弁当屋のレジだった。
店長が隣に立ってレジのやり方や客のさばき方を教えてくれた。
『どうか見つかりませんように。どうか見つかりませんように』とカブラギは祈り続けたが無駄だった。
午後2時にサトルが爆笑しながら弁当屋に入ってきたからである。タカハシを連れて。
◇
「カブラギー! 女子高生が言ってたのマジだったわ〜! 何お前こんなとこで働いてんの?」
カブラギを指差して笑ってる。
「高校徒歩3分の弁当屋でよぉ〜!!!」
カブラギは首を縮めた。そうなんである。何とカブラギのバイト先の弁当屋『おなかいっぱいたべたい』はタカハシの勤務先の高校の門から出て、角を右に一つ曲がったことろにあった。カブラギも在学中は散々お世話になった。略称『おないつ』。
「8月2日は高校夏季休暇じゃないのか〜」カブラギは唸った。
「キョーシは色々いそがしーんだよっ。てか何? タカハシ? タカハシを落とすためにアルバイトまで始めたの? お前すげぇなぁ〜!!」
『ウヒャヒャヒャヒャー!』サトルのやつお腹抱えて笑ってる。かっぷくのいい女性店長(穴田さん)が「え!?」って顔でカブラギを見ている。タカハシ……タカハシは……。
気まずそう〜。
「言い訳をさせていただきますがー!」
カブラギは明後日の方向を見て言った。
「こちらに採用していただいたのは6月の終わりでしてー! 大学の夏季休暇が始まったら1ヶ月の試用期間をいただきましてー! アルバイト本採用は9月からになりまーす!」
そうなんである。
なんとカブラギ。タカハシにフラれた5月29日の誕生日の帰り。この弁当屋で『アルバイト募集中!』の貼り紙を見て飛びついたのだ。
店長との話し合いでアルバイト開始は大学の夏季休暇が始まってから。夏休みの間はめいいっぱい働き、休みが終わったら大学の授業を妨げない程度に働くという契約を取った。
タカハシに会いたい一心で。
その初日がさー。まさかタカハシとキスした翌日とは思わないじゃないですか。
「おっお客様〜! お弁当のご注文をお伺いしまーす!!」声がうわずる。カブラギ! カタイ! その『営業スマイル』カタイ!
サトルが死ぬほど笑いながら『海老天丼』を注文。タカハシは恥ずかしそうに下を向いて『おまかせ弁当』を頼んだ。
2人が出て行ってからカブラギは店長に事情を話した。実は『おまかせ弁当』を頼んだ鬼太郎みたいな男に4年も片恋している。しかしアルバイトはしっかりやらせていただきますと言った。
店長の穴田に呆れられた。
「なんであの、しょぼくれた方なの!? 普通サトルじゃないの!?」
『え? サトルって言った?』と思ったら、なんと店長サトルと『カラオケ友達』なんだそうだ。サトル!! お前どんだけ友達いんだよっ!
◇
カブラギのアルバイト先『おないつ』は大繁盛した。
何せ超ド級に可愛い子がレジに入ったのである。
ネームプレートのー。『鏑木』ね。なんて読むのでしょうか!?
ちょっと遠くの会社員とか、近くの大学生とかがどんどん来て弁当を買って行った。
名前を何回も何回も聞かれるので「カブラギです。カブラギと読みます」と説明する。
店長の穴田はホクホク顔で、バイト開始2週間で本採用。時給が980円から1050円に上がった。
意外なことにタカハシも来てくれた。
少し目を伏せて「店員さん」と呼びかけてくれる。
「今日のおすすめはなんですか?」
私でーーーす♡♡♡
というのをこらえて「のり弁です」とか「親子丼です」とか答える。だいたい『おすすめ』を買ってくれた。
12時くらいに来てくれることもあったが、満杯の店内に気付くと店に入らずどこかへ行ってしまう。カブラギ目当ての会社員でいっぱいである。カブラギは思った。
タカハシ以外はカエレーーーッッッッ!!!
帰んなかった。
サトルもよく来てくれた。サトルはごった返した店内にズイズイと入り
「よっカブラギー! 頑張ってるかー!!」
大きく手を振る。
カブラギも嬉しくなって「がんばってるヨー! サトル!!」というと店内がどよめく。
え? 何コイツ!? カブラギさんの何?
サトルはニヤニヤしている。注目を浴びて気持ち良さそうだ。
そのまま親しげにレジへ行くと「カブラギさぁー。バイト何時終わり? 飲みに行こうぜ」と言った。ワザとである。
それでカブラギの耳元に口を近づけると「お土産があるんだけど……タカハシっていう」誰にも聞こえない声でささやいた。
「いく……」カブラギが頬を染めてささやき返した。
店内の『ギャーッ』て感じの空気がサトルにはたまらないらしい。
◇
そんなわけでカブラギとサトルとタカハシはよく飲んだ。
よく飲んだと言っても8月なので教員も毎日学校に来ているわけじゃない。3人のスケジュールがあうと飲んだ。
意外な事実を知った。
タカハシがサトルを『久保先生』でなく『サトル』と呼んでいたのだ。
え? タカハシはサトルを敬遠してるんじゃないの? さんざん女子高生どもにコイツと比較されてコケにされてんじゃん。
「あ? 仲が悪いと思ってたのか? タカハシなら月4回は飲んでるけど」
すごい仲良いじゃん!
「それからこれ〜。何でしょう〜?」カブラギの前で鍵をプラプラさせる。なぜか『ピーポくん』のキーホルダーがついていた。
「家の鍵……」
「正解は『タカハシんちの鍵』でしたー!」
ガタッ!! カブラギは飲み屋のテーブルに勢いよく手をつけて立ち上がった!
ビールが3っつ白い泡を『たぷん』と揺らす。
「は!? なんでアンタがタカハシの合鍵持ってんのよっっ」
「カブラギ。目上の男性に『アンタ』というのはやめなさい」タカハシに注意される「あと俺のことを呼び捨てにするのもやめなさい。一応先生だから」
「タカハシ先生んちの鍵なんてー!! 10万っ。10万は払えるっ」鍵を奪おうとするカブラギからヒョイッと遠ざける。
「残念でした〜。オレはこの鍵使って月に2回はタカハシのうち泊まりに行ってまーーす」
はぁぁぁぁ!? 大親友じゃん!
「朝はタカハシお手製の朝食ねー。学校に行く時はこうやって……」とタカハシの首元に手をやりニヤリとした「ネクタイしてあげてまーす」
「はぁぁぁぁ!? まっまさかっタカハシが月2回くらい無駄にいいネクタイしてくるやつあれってっ」「カブラギ。今『無駄に』って言ったろ? 聞こえたぞ」タカハシに低音で突っ込まれる。
「オレが選んでしめてあげてるんでーーーす」
はぁぁぁぁぁ!? 奥さんでしょ! そんなの奥さんでしょっ!?
タカハシに「じゃあなんであんなに学校だとよそよそしいんですかっ」と聞いたところ、目を伏せて「月に4回も飲んで。家にも泊まりに来て。職場も一緒で。これ以上どうやって仲良くしろと……」と言われた。
◇
嬉しかったのはタカハシと気まずくならなかったことだ。サトルが間に入ってくれると2人はよく笑った。
サトルはいつも楽しい話をして盛り上げてくれた。サトルさえいればタカハシもカブラギといることに抵抗ないようだった。
カブラギはタカハシの手が好きだった。美しくて細い指に触れてもらえるなら死んでもいいとさえ思った。
それなのに。
今はタカハシの唇ばかり見てしまって。




