第11話 一緒に花火を見て欲しい
カブラギは家に帰ってベットに横になった。
「あああ〜」
右腕でまぶたを覆ってしまう。
「もう、打つ手なしか〜」
この後、タカハシにLINEする。
『先生、今日は1日お付き合いいただきありがとうございました』
タカハシから返信がくる、
『どういたしまして』
それで、終わり。タカハシは絶対話を広げてこない。
理由がないから誘うこともできないし、ミッションだって出してはくれない。
職員室に出入りは禁止。
もう打つ手がないのである。
カブラギはそのままスマホを片手に『中原中也 死因』と検索窓に打った。
30歳で死んだとは知らなかった。
『タカハシは中原中也に似ている!』と言ってしまってなんかドエライ死に方だったらヤバイぞと思ったのだ。
検索結果がでてきた。
本当だ……30歳で死んでる…………結核性脳膜炎かぁ。
ふふっ。そうそう。この顔。眉がきゅっとあがってて、目が少し垂れてて、鼻筋は通ってて、唇が厚くて。こういう顔がタイプなんだよなぁ。
タカハシ先生。結構カッコイイのにどうして誰も気づかないんだろうなぁ。
とりあえず『自殺』でなくて良かった。文豪はだいたい自殺する(偏見)
そのままなんとなく中原中也の人生について読んでいると「えっ」と言ってしまった。
中原中也の子供。子供の名前が……。
「えっ」
ベットから跳ね起きた。
◇
1週間後。
『中原中也のことで先生に直接お詫びしたいことがあります』
とカブラギはLINEを打った。夜になってから(学校内ではスマホに電源を入れることは禁止されている)タカハシから返信があった。
『お詫び? 謝ることなんか何もないよ』
『私にはあるんです』
無理矢理約束を取り付けた。
◇
6時30分に校門前で待ち合わせをした。
出てきたタカハシは困惑していた。
「カブラギ……別に何も謝らなくていいぞ」
カブラギは茶色の透け気味のブラウスに渋目なグリーンの膝丈スカートをはいていた。
『お詫びしたいだけで、口説くのが目的ではありません』とタカハシに念押ししたのだ。いつもの
バーン! ドーン! ボヨヨ〜ン!!
という格好は控えた。
「あの……」下を向いたままタカハシの袖を引く。「出来れば……誰にも見られないところがいいんですけど……」
「『見られないところ』って言われても」ここ校門だしねぇ。
「あの……15分ほど歩いた土手でお願いします」
どうしたんでしょう。カブラギ。いつものイケイケドンドンどうしましたか。青菜に塩かけたみたいになっちゃって。
タカハシはわけがわからないまま土手に連れて行かれた。
◇
土手の上でカブラギがギンガムチェックのレジャーシートを敷いた。
「あの。あと10分で花火大会です」と川向こうを指さした。
タカハシが有名な花火大会の名前を挙げて
「今日だっけ?」と聞いた。
「今日です」
「でも会場ここから電車で1時間くらいのところだろ?」
「こっからでも見えるんです。音はもちろん聞こえません」
タカハシの目が細くなった『コイツ「謝りたい」とか言って俺と花火見たかっただけじゃないのか?』
漫画的な表現で言えば『タラ〜ッ(汗)』とした顔になった。
川向こうに陸橋が掛かっていて、電車が走っているのが見える。とても遠い。夜7時なので辺りは暗く、電車の明かりだけが煌々と動いた。
「すみません。いつか先生とここで花火が見たいと思っていたものですから」
やっぱり適当な理由で呼び出されただけではないか!?
腰が引けるタカハシにカブラギはビールを1缶手渡した。2人で同時に『プシュッ』とプルトップを開けて黙って飲んだ。
「ほらっ始まりましたっ!」
カブラギが指差した。遠くの方でおそらく『ひゅるる〜っ!』と音を立てて白い光が打ち上がった。『花火大会開始』の合図だろう。
しばらく2人並んでビールを飲みながら花火を見物した。
「先生。すみませんでした」
「うん。何が」
「あれから私、『中原中也』のこと調べました」
「…………うん」
「中原中也の息子の名前が『文也』だったわけですね。1934年生まれ。2歳で亡くなったその子が」
 




