序章
『信じるものは救われる』
寂れた教会の、もう半分ボケてしまい妻の名前さえ思い出せないジイさんの言葉だ。
聖書も、神父の証明でもある十字架のネックレスも着けていないお粗末な神父様は、必死にミサの言葉を紡ごうとしている。
十字架は折れ、会衆席は泥と埃が積もり、窓が半壊。当たり前だが信者、来客はゼロ。やってくるのは、教会を寝床にしている野良猫どもぐらいだ。
それでも名前も知らないジイさんは、まるでそこに愛おしい誰かが存在するかの如く、聖書の教えを歯の少なくなった口で説き始めた。
綺麗事だらけの耳障りの良い言葉に、思わず苦笑してしまう。
『信じるものは救われる』
その言葉が正しいのなら、貴方がここに居るはずがないというのに。
神にも人にも見放された、その狂気にも満ちた説教はもはや自分自身の為に語っている様に見える。
何分間かの説教が終わると、ジイさんは定まらない歩きで教会から出て行ってしまった。この教会に鍵の様なものはない為、扉は閉められることなく風に煽られ寂れた音を紡いでいる。
その音に反応して、猫が会衆席の下から顔を覗かせた。黒猫は空色の瞳をこちらに向け、ただ警戒する様にこちらを見ている。
この猫の瞳には、信仰に迷走する人間達はどの様に映っているのだろうか。
ふと、そんな下らないことが頭をよぎった。




