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おもしれー女の学園異能生活  作者: 鎚鋸太郎
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【蛇は運命を這う】(1)

 蛇野纏は、自分に言い訳をして十五年間を生きてきた。

 物事を諦める度に、しかたないと思える理由が有れば、穏やかに過ごせる。そ

れが纏の規範であり、切れ長の目は、諦観に慣れていた。

 夕映えの教室の扉が開かれる気配に纏が振り返ると、楚々とした容姿の少年が、

不思議そうな表情で呼びかけてくる。

「蛇野さん?」

「ん」

 纏が短く答えると、安心した様子で微笑する。

 思いやれば、教室に独りで夕焼けに照らされている纏は、怪奇だったかもしれ

ない。

「黄昏にひたっていたのを、高良くんに見つかっただけよ」

 纏に告げられた高良優は首を傾げるが、それさえも愛嬌だった。

「蛇野さんって冗談を言うんだね」

「学生が用事も無いのに教室で時間を浪費する陶酔は、高良くんには解らないか

しら?」

 制服に垂れる黒髪を弄びながらほざいた纏に、高良が真摯に応じる。

「ぼくには解らないけれど、陶酔していた蛇野さんはきれいだったよ」

 高良が無為を理解できないのは確かだ。名家に生まれ、秀逸として選抜される

生涯は、常に称賛に値しなくてはならない。将来を期待される重圧に屈しない強

さも、社会に捧ぐ成功を妬まれない優しさも、眼前の美少年は兼ね備えていた。

明朗な否定は、その処世術だと、纏は思った。自分にふさわしくないお世辞はと

もかく。

「よければ、帰りを送っていくよ」

 高良に憧れる女子にとってはときめく誘いなのだが、纏は断る。

「ごめんなさい。独りで帰りたいの」

 鞄を取り、速い調子で歩きだす纏に、高良が温かい声をかけてくる。

「さようなら、蛇野さん」

 扉を閉じて人気の無い廊下を進む纏は赤面する。実際は、教科書だのノートだ

のを忘れて戻った教室で夕陽に見蕩れていたのだ。

 纏は他者との意思の疎通がひどく苦手だった。入学式からの一週間で誤解を積

み重ねた結果、鳳位学園に於いて変人で有名な一年生となってしまった。学園の

魔女という渾名を頂戴した纏は好奇の目を注がれているが、しかたないと思える

理由は有った。

 午後五時半過ぎを腕時計が刻み、纏の憂鬱な時間が始まる。

 夕暮れの別名、逢魔時。薄い暗がりに、異形が蠢く。

 靴を履き替えて第三校舎を出ると、纏は知覚を広げる。まだ学園に残っている

教師や生徒が危うい箇所にいないと認め、浅い息を吐く。せめて自分の縄張りは

異形に食い荒らされまいと、纏は決めていた。

 校門へ向かう纏は、慌しく駆け抜けた三人の生徒の違和感に声をかける。知人

がいるのが幸いだった。

「どうしたの、月館さん?」

 月館希が、纏に気づいて律儀に会釈し、柔らかな髪がふわりと舞った。艶やか

に息を切らして鈴を振るような声を絞る学園の聖女は、纏の対とされる。学年で

は高良に次ぐ優等生で、心身の美しさは学園の内外で謳われている。

 淑やかな月館がスポーツ以外で走るのを、纏は初めて見た。

「迎えなくてはいけない用件があるのですけれど、わたしたちで済ませますから

――」

「鳳位学園の聖女、魔女が揃うとは縁起が良いな」

 纏に遠慮した月館の便乗で唸ったのは、背の高い二年生の男子だ。ぎりぎりで

校則に反さない長さの髪で、顔だちは良いが、軽薄な印象を受ける。

「どんな謂れなんですか」

 軽口に呆れた男子生徒は纏の同学年だが、面識はなかった。眼鏡の具合を指で

直すしぐさが、きまじめに感じられる。

「栞くん、珍しい出来事は吉兆とすれば、人生が明るくなるぞ」

「眩しくて前が見えませんね」

「光堂さん、録庫さん、行きましょう」

 二人のやりとりを制した月館が、優婉な礼を以って別れを告げる。

「気遣ってくださってありがとう」

 纏が気にしたのは、月館たちのおよそ学生にはそぐわない覚悟だった。それが、

死線を越えて至る境地なら、なにを敵としたのか。

 縄張りを守るだけだと言い訳を懐いて鞄を開ける。取り出した指抜きグローブ

を嵌めた纏の姿が、景色に溶け込む。自身の陰影を操って草木に潜む蛇のごとく

錯覚させ、月館たちを追う。

 広大な敷地に増築を繰り返した鳳位学園は迷路と化しており、各々、千差万別

の道順を通る。開かずの扉だとか魔の教室だとかが遍在し、噂や怪談はとぎれな

い。

 辿り着いたのは、第一校舎に繋がる倉庫だった。約四十年前に建てられた第二

校舎の更に前から構える学び舎は、人を呑み込む怪物を想わせた。教育施設とし

ての最低限度の基準は充たしているが、現在では殆ど利用されない。学園の都合

は有るだろうが、取り壊しても文句はつかないと思える。

 倉庫の影が波打つのを見やり、纏は、自らの予想が中ったのを覚る。表の世界

の理では説明のできない脈動を起こし、飢えた異形が獲物を欲して現れる。

 影から這い出した黒い骸骨の紅に輝く双眸が月館たちを捉える。鞣さずに継ぎ

接ぎした皮のマントは血で赤く染められ、地面に突き立てた漆黒の刀は鋭利に研

がれた骨だった。

 骸骨は立ち上がると、刀の切先を月館に向けて腕を脇に引き、衝きの姿勢をと

った。二人の男子生徒が骸骨の前に立ち塞がる。がらんどうの口を開けて威嚇す

る異形の頭蓋を、纏の掌が叩き割った。

 骸骨は頭部を失った衝撃で仰け反って倒れ、影を滴らせる。血溜まりのように

広がった影に残骸が沈み、暗い波紋を描く。断末魔の揺らめきが収まり、怪異は

跡形も無く消え失せた。

 出し抜けに力を振るった纏を見つめる眼差しにも善意が籠もっているのは、聖

女と称される月館の人柄の発露だろう。

 纏は冷静を意識して告げる。

「明日、話しましょう」

 取り敢えず、異形をかたづけたが、釈明を整える時間が欲しい。食い下がって

くれるなと、纏は念じた。

「ん」

 大雑把な段取りで月館が途惑ったのに気づいて内心では自嘲したが、悠然とし

た態度で取り繕う。

「月館さんとは教室で会うのだから、密談のできる場所へ案内して」

「――はい」

 要するに、時間も場所もそちらが考えろと求めたのだが、月館は引き受けてく

れた。

 踵を返した纏だったが、この場から立ち去るにしても月館たちを連れては気ま

ずいと思いつき、再び、景色に溶け込む。無音で滑らかに走り、高速で移動する

が、格好がついたかは判らなかった。

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