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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

壊し当たり 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 あらら、こんなところにも子供の被害に遭ったらしい、とんぼさんがいらっしゃるわね。このきれいに羽だけもいでいくやり方、他の動物じゃなかなかやらないもの。

 こうして大人になってみると、子供に対する教育って本当に難しいと思うわ。物は壊れる、命はなくなる。しっかり覚えないと、後々大変なことになるのに、犠牲無くして諭すのはなかなか困難。それどころか大きくなったって、物に当たって心の安定を保つ人がいるくらいだし、きっちり怒るのはどこか気が引けちゃうこともあるかもね。

 壊すこと、殺すことが必要悪な時もある。昔の人もそのことを感じていたようで、様々な教育、対処が成されていたみたい。それを巡る、ひとつの不思議なケースを聞いてみないかしら?


 むかしむかし。ある村のはずれには、屋根つきのゴミ捨て場があったわ。

 仕切りのない空間が広がるそこは、ただゴミを捨てる場所じゃない。人間をのぞいたあらゆる生き物を、中へ入れることが許される。そして立ち入って良いのは、10歳を下回る年齢の子供。それも親かそれに準ずる大人と同伴していなくてはならないの。

 中に放り込まれたものは、子供たちが自由に扱っていいの。壊すことも殺すことも、思うがまま。けれど度が過ぎるような真似をしそうな時には、大人たちがそれを止めて諭す。

 物はいかにして壊れるのか。命はどのようにして消えていくのか。ここから外に出たら十分に弁えて、過ごしていかなくてはいけない。けれども、自分や自分に近しい人たちを害そうとする者が相手ならば、立ち向かわないわけにはいかない、とね。

 村の子供たちは、みんなそこで物と命のもろさを知り、大人になっていく。村独自の情操教育の一環だったらしいわね。けれども時が流れるにつれて、保護者が付き添うという決まりは、ほとんど機能しなくなってしまう。

 戦、病気、災害。それらが重なって村の大人たちが激減した時があったから。それどころか、生き残った大人たちの中には、これまでの規則を曲げて自分たちも中へ入り、破壊、屠殺を繰り返す者さえ現れたそうよ。心労の発散のためだったのでしょうね。


 小屋の中に誰かが入り、物音を立てない日はほとんどなかった。その日の昼間も子供たちが何人か小屋の中で、物壊しに励んでいたの。

 ここのところの彼らの相手は、自分たちの身の丈ほどある、ちょっと大きめの岩だった。この小屋には、誰が何を持ち込んだのかを周知する決まりはない。外でのしがらみは、ここでは一切断ち切ってしかるべきものだから。

 すぐに壊れない相手は一筋縄ではいかない。でも、その分長く楽しめるというもの。素手では歯が立たず、子供たちは家からのみ、げんのうなどの補修用の大工道具を持ち寄ったわ。

 この図体を削り、崩すには、いかにひびを入れるか、どのように力を込めるか。その細かな試行錯誤も子供たちにとって、自分の技が磨かれていくのを感じる、充実感に満ちていたわ。

 

 そうして一ヵ月ほどが経った頃には、石はもう彼らの腰の辺りまで小さくなっていたわ。息抜きで小屋の中の別の物品、生き物を解体することはあったけど、あくまで本命はこれだった子供たち。もうじき無くなってしまう相手に対し、いささか名残り惜しさを感じ始めた時。

 どんどん、と閉めてあった小屋の戸が叩かれたの。手ではなく足で軽く蹴っているみたい。手近な子供が開いてみると、そこには菅笠を被り、手拭いを首に巻いた背の高い男が立っていたの。

 その両手には、大きな氷の塊らしきものを抱えている。男の胴体を覆ってなお余りある大きさで、自分たちが切り崩してきた岩の当初の大きさより、二回りも大きく思えた。


「ここは、人以外のものを何でも受け入れると聞いて、ここへ参った次第」


 菅笠の男がそう告げてしゃがむと、手に持った氷のてっぺんが、かろうじて入り口の鴨居下を潜り抜ける高さになる。そのまま中へ入って突き進んでくる男に、思わず道を開けて通してしまう子供たち。

 男は小屋の中央まで来ると、何の頓着もなく氷の塊を置く。ずしん、と音を立てる氷の足元で、今まで子供たちが相手していた岩が、粉々に砕け散ったわ。

 子供たちの中では、遊びを邪魔された怒りより、新しい相手を前にする喜びの方が勝った。これはもっと楽しめる相手がやってきた、て具合にね。


「こいつをいかようにでも、いじめてやってくれ。ここはそのようなことが、まかり通る場所だと見込んだ。なにとぞ、完膚なきまでにぎきって欲しい」


 そう言い残して、男は小屋を出て行ってしまう。子供たちは最初、用心深く氷の周りをうろついて様子を見たわ。まるで品定めをするかのごとく。

 重量については申し分なかった。目減りしたとはいえ、あの岩をいともあっさり押しつぶしている。かなり楽しめる相手なのは疑いない。氷はその全身から、うっすらと目に見える白いもやを吐き、実際に手が触れそうなところまで近寄ると、一足早い冬がやってきたかと思うほど。

 子供たちはいったん家に帰り、めいめいで手袋を用意すると、件の氷を削りにかかったわ。


 後からやってきた大人たちにも、氷の存在が知られる。うっぷんを晴らすかのように、道具以外にも、殴る蹴るで氷を痛めつけんとする者もいたわ。

 氷はいかな乱暴な扱いも、存分に受け止めてくれた。道具で傷つけた場所に、思い切り痛打を加えても、削れとれるのはわずかな破片だけ。簡単には壊れない玩具を手に入れた村人たちの間では、氷壊しの熱がどんどん高まっていったらしいのよ。

 削れた氷は、瞬く間に乾いて消えてしまう。だけど大本の氷はもやこそ吐き続けるものの、溶け出す様子を見せない。直接、日に当たることがほとんどない小屋の中とはいえ、空気が蒸すと、なかなかの暑さがこもる。それでも平然とたたずみ続ける相手に、不審を覚える人もなくはなかったけど、それも間もなく霧散する。

 人を傷つけることなく、当たることができるものの存在が、いつの間にか彼らの中で、とても大きいものになっていたから。


 かつての岩より倍以上の時間をかけて、削られ続けた氷だったけど、無くなることはなかった。小さくなる頃を見計らったかのように、例の菅笠の男が氷を抱えて小屋にやってきて、新しいものを用意していくの。前の氷を「もういらない」とばかりに、上から押し潰し、砕き散らせながらね。

 菅笠の男が何者なのかは、誰も知らなかった。彼自身も語ろうとはせず、氷を置いていくばかり。少なくとも村に住まう誰かでないことは確かだったわ。

 けれどみんなは彼を邪険に扱うことはしない。娯楽の道具を置いて行ってくれる彼を、むしろ歓迎している有様だったわ。


「皆が氷を砕いてくれるなら、某にとっても本望。この関係、いつまでも続いてほしいものだな」


 彼はそう告げて氷をここへ運び続けたけれど、やがて終わりを告げねばならない時がやってきたわ。


 他国の領主の侵略。電撃的な攻撃によって、村人たちの姿がなくなったこの村は、略奪の限りを尽くされた。かの小屋も中身が氷だけと分かると、火を点けられて燃やされてしまったの。

 一昼夜を掛けて燃え続けた炎。その洗礼を浴びたにもかかわらず、氷の山はいくらか小さくなったものの、溶けずに残っていたのよ。村の跡にとどまっていた兵たちは、その姿にどよめきを隠せなかったわ。

 その彼らの合間を縫って、すっとひとりの男が抜け出した。菅笠を被り、手拭いを首に巻いたひょろっとした細長い体型の男。

 真っすぐ氷へ向かっていく男に対し、兵のひとりが槍を突きつけつつ、問い詰めようとしたわ。けれど男は、振り向きざまに槍の柄をぐっと握ったかと思うと、その先を逸らしながら問い詰める。

「どうして、氷を砕いてくれないのか?」と。


 外からやってきた兵たちには、男の言葉の意味が分からない。対する男はじっくりと兵たちを見渡すと、槍を握る手にぐっと力を込めた。

 とたん、槍を持っていた兵が悲鳴をあげて、柄から手を放してしまったわ。その両手の指は真新しいあかぎれまみれで、赤い血がのぞいている箇所がいくつもあったとか。


「どうやら、もううぬらに仕事を任せることはできないらしい。残念だ。相応に報いがあることを知るがいい」


 男はうずくまる兵に背を向けると、目の前に立ちはだかる氷へそっと手を置く。すると、瞬きする間に、氷ごと姿を消してしまっていたらしいの。あれらが残っていた痕跡は、氷があった場所の下に広がる、湿った土たちばかりだったとか。


 その翌日から、この地には雨が降り続けたわ。本陣からの待機命令が出て、村の跡にとどまり続けるよりない、領主の軍。残った家の中へ避難したり、布を張って即席の天幕を作ったりと、どうにか雨風をしのぎ始めて3日が経った早朝のこと。

 雨とは異なる大きな音が頭上から響いたかと思うと、村全体を押しつぶしてしまうほどの大きさの氷塊が、空から落ちてきたのよ。助かったのは村から外れた場所にいたわずかな人数のみ。村にとどまっていた者は家屋もろとも全滅してしまったわ。

 氷は落下と共に、刃物を入れられたすいかのようにぱっくりと2つに分かれて、地面に横たわっていたけど、みるみる内に溶けて小さくなってしまう。


「休みはしまい。休みはしまい。天の仕事がきつすぎて、地を這う者に任せたけれど、ついに仕事を怠けけり。

 休みはしまい。休みはしまい。天の仕事がまた開く。乗らぬ気、どうにか乗らすため、地上へ報いを与えたり。

 休みはしまい。休みはしまい。今日から再び天氷砕き、あまた地上へ散らばらす――」


 雲の向こうから聞こえる子供たちのその声には、件の男の声も混じっていたように聞こえたとか。


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― 新着の感想 ―
[一言] おお! 村人達と同じように天までも……とても面白かったです。 追加の氷を持ってくるとは思ってもみませんでしたが、そういうことでしたか。 何だかんだとWin-Winの関係だったのかもしれません…
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