美味しい話には裏がある 〜乙女ゲーム風短編〜
僕の名前は、オルトランド、とある国の公爵家に長男として生まれた、肩書き以外いたって平凡な男です。
そんな僕にでも自慢できることがあります。それが僕の姉ちゃん。
姉ちゃんは僕より2歳年上で、綺麗な銀髪をくるくると巻いている。まあ、本人曰く、巻いているのではなく、勝手になっているだけらしいけど、あの巻き具合は自然にできるものじゃないと思う。
そんな姉ちゃんは、幼少期から頭が良くて、美人さんだったから本人の意思に関わらず母国の王子様と婚約させられている。
婚約した当初はまだ幼かったこともあって、姉ちゃんは理解してたっぽいけど、王子はただ友達が増えた程度にしか理解してなかったぽい。まあ僕も友達が増えたと思ってたけど。
ただ時間が経つにつれて、王子も僕も二人の関係を理解出来るようになってきて、僕としては姉ちゃんに幸せになってほしいから、王子と仲良くなって二人の仲を取り持とうとしたんだ。
けど、王子は違ったみたい。
姉ちゃんは賢いから王子が、王族がなんたるかを理解して、王子にもふさわしい振る舞いや教養を求めた。
結果、王子にとって姉ちゃんは可愛らしい婚約者というより、口煩い女という認識になったみたい。
それがわかってからは、僕はより一層王子と仲良くなって姉ちゃんの良さをアピールしようとした。
「カーディス殿下、姉様のことなんですけど」
「ああ、やはりあいつとは気が合わんな。お前もあんな奴が姉では苦労するだろ」
「いえ、そうではなく。姉様は賢くて」
「ああ、そうだな。あいつは賢いことを自慢するかのように俺にあれこれ指示してくる。俺は王子だぞ!くそっ!思い出したら腹が立ってきた!」
結果はイマイチだけど諦めずに王子とは仲良くしていこうと思う。
♢♢♢
私の名前はアンジェリカ、馬鹿で可愛い弟とアホな婚約者を持った公爵令嬢です。
私には二つの悩みがあります。
一つはこの髪。お母様譲りの綺麗な銀髪で、色や艶などはお気に入りなんだけど、どうしてもこのドリルが取れないの…
記憶にある頃から天然でウェーブがかかってて、天然パーマだった事は覚えているけど、ここまで綺麗に二つのドリルが出来るっておかしくない!?
あら失礼、少々言葉が乱れましたわ。おほほ。
それからもう一つは、アホな婚約者。
あいつはダメね。いくら言っても王族の自覚が無いし、自己中だし、何より脇が臭い。
脇が臭いのって最悪よ。パーティーに参加すれば、必然的に私のパートナーはあいつなんだけど、踊ってる時になんか臭うし、一回だけ抱きしめられたことがあって、うっとりしかけたのに臭くて目が醒めるし。はぁ…ほんと最悪。
だから覚悟を決めましたの!あいつを引き摺り下ろして、まだマシなあいつの弟に王位を継承させようと。ついでに私たちの婚約を白紙にして自由になろうと!
そのために雇ったのが彼女!
「はじめましてユリアーナ」
「お初にお目にかかります、アンジェリカ様」
彼女はとある高級娼館の跡取りの娘で私の一つ年下の女の子。ピンク色の手入れが行き届いた可愛らしい髪に、タレ目、全体的にホワホワした雰囲気を持った女の子。
けど、高級娼館の跡取り娘だけあって男を知っている。
ああ、知っていると言っても経験があるって意味じゃないわよ。男を手玉にとる技術があるってこと。
だから彼女を雇って、うちと縁のある子爵家の養子に入れて、あのアホ王子を籠絡してもらおうって算段なの!
はっきり言ってちょっと調べればバレてしまうけど、あのアホ王子は気づかない。それに周りの取り巻き連中もアホの集まり。唯一警戒すべき相手はアホ王子の乳兄弟だけど、まあ、あれぐらいならなんとかなる。
「それで私はこの男を籠絡すればよろしいのですね?」
「ええ、そうよ。もし気に入ったら食べてしまっても構わないわ」
「そうですね。見た目はカッコいいと思いますけど、この方一応王子なのですよね?」
「ええ、そうよ」
「ならやめときます」
「あら、どうして?」
「確実に後処理が面倒くさいじゃないですか」
「ふふ。そうね。その通りだわ」
「それではこれより私はリリアーナとして依頼に当たりたいと思います」
こうして私の婚約破棄計画が始動しました。
♢♢♢
最近、僕らの周りにひとりの女の子が現れた。名はリリアーナ。ピンク色の髪をした、少しおっとりした女の子。
彼女はとても不思議な子だった。
彼女と出会ったのは、とある貴族のパーティーでのこと。
僕はいつも通り、王子や友人たちと談笑し、時折、周りの令嬢たちとダンスを踊って楽しんでいた。
そこに姉ちゃんが現れて、王子が逃げるように庭に行ったところ、彼女が木に登っていたのだ。
「おい!お前なにしてるんだ?」
「え?きゃっ!」
突然、王子に声をかけられた彼女は、驚いて木から足を踏み外してしまう。
しかし、そこは流石の王子、咄嗟に抱きとめて、彼女はかすり傷程度ですんだ。
「大丈夫か?」
「は、は、はい。あの、あ、ありがとうこざいます!」
彼女は恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めて慌てて王子から身を離す。
それから事情を聴いたら、木の上にある鳥の巣から雛が落ちていて、その子を戻そうとしていたらしい。
貴族の庭の木の上に鳥の巣があることにも驚きだが、雛を戻そうと登ったという、この令嬢にもビックリだ。
王子も驚いているらしく、目を見開いて顔が固まっている。
それに気づいたリリアーナが声をかけると
「ぷっ、はははっ!お前、面白いやつだな!名は何という?」
「え?あ、リリアーナ・サルバトレア、です」
「そうか、リリアーナか。気に入ったぞ。また会ったら話しをしよう!それではなっ!」
それだけ言い残して王子は会場へと引き返して行ったので、僕らも慌てて後を追いかける。
うーん、王子が女の子と話して笑う姿を初めて見た気がする。
彼女と姉ちゃんが仲良くなれば、姉ちゃんと王子の仲も良くなるかもしれないな。
よし!僕もリリアーナと仲良くなってみよう!
それからというもの、王子を含め、僕らは、リリアーナを見かける話しかけるようになっていた。
リリアーナは明るくて、どんな話でも真剣に聞いてくれて、一緒にいてとても心が安らいだ。
それは王子たちも同じだったようで、僕らはいつのまにかリリアーナのことが好きになっていた。
「リリィ、僕は君のことが好きなんだ!」
「嬉しいわオルト。でも、私は弱小子爵家の娘、対してあなたは公爵家嫡男よ。あなたと私では結ばれない運命なのよ」
「関係ないよ!たとえ結ばれない運命だったとしても、僕は、僕が君を心の底から愛している、そのことを知っていて欲しいんだ!」
「わかったわオルト。ありがとう」
「ああ、君の幸せを願っているよ」
♢♢♢
ここは、とある喫茶店のVIPルーム。完全なる個室になっており、盗聴、盗視などが不可能な空間となっている。密会にはふさわしい場である。
「アルジェ様。どうしましょう…弟くんが告白してきたんですけど」
「はあ…あの馬鹿…」
「仕方ないわ、うちの馬鹿弟は適当にあしらっておいて」
「わかりました」
「それで、本命のアホ王子は釣れたの?」
「そちらも釣れました」
「そう!それで?私との婚約破棄は?」
「はい。ちょっと待ってて欲しい、君と幸せになる為にやらなければならないことがあるから。と申されていましたので、そのうちお話が来るのではないかと」
「まあ!うふふふ。これで私も自由の身ね!」
私はユリアーナの報告を聞き、順調に婚約破棄計画が進んでいることを確認すると、ユリアーナと別れ、その後はルンルン気分で、とある場所へと裏工作のため向かった。
♢♢♢
ドサッ
そこは、同年代の親交を深めるという目的で開かれたパーティーのど真ん中。煌びやかな服装の青年がピンク色の髪をした女性を守るように立ち、銀髪の美女を突き飛ばしていた。
「な、なにをするんですか!」
「なにをするかだと?お前こそ、リリィになにをしたのか分かっているのか?」
「なにを言っているのですか?」
「とぼけるな!調べはついているんだ!おい!」
王子に呼ばれて、僕は姉ちゃんの前に進みでる。姉ちゃんは王子や僕のことを見たことない目で睨みつけてくる。けど…
「姉様、あなたはリリィに対して様々な嫌がらせをしていますね。こちらにその証拠があります」
「でっち上げだわ!」
「しらばっくれるな!」
「姉様、せめて潔く認めてください。あの賢く、美しかった姉様のままで…。」
僕の顔は悔しさと涙でぐちゃぐちゃになっているだろう。
信じていた、憧れていた姉ちゃんの裏切り。まさかリリィを虐めていたなんて。
「私、なにもしておりませんわ」
「ここまで言ってもしらを切る気か…。わかった、俺、カーディス・グラン・アルテミアは、アンジェリカ・シリュースとの婚約を破棄する!そして、お前を国外追放とする!」
え?は?え?
王子のいきなりの婚約破棄宣言と追放宣言に頭がついていかない。
なにを言っているんだ、この人は?婚約破棄?追放?誰を?
そうして僕が一人混乱している間にも事態は進んでいく。
「それがあなたの決断なのですね殿下。わかりましたわ。今言った言葉、ちゃんと書面にて、公式に我が家へ送りつけてくださいませ!それでは今日はこれで失礼させていただきます。ああ、それからオルト、よく考えなさい」
「え?あ、ね、姉ちゃん?…」
「チッ、アンジェリカめ…リリアーナ、大丈夫だ。お前のことは俺が守ってやる」
姉ちゃんは、僕を憐れんだような目で見てから、踵を返してさっさと会場を後にした。
その後はパーティーという雰囲気ではなくなったので、解散となり、僕は重い気持ちで自宅へと帰って行った。しかし、先に自宅に帰ったはずの姉ちゃんの姿は見当たらなかった。
♢♢♢
私が今いるのは王族が密会に使う、とある施設。そこには、現国王と宰相、それから公爵家当主にして、私たちの父が集まっていた。
「はあ、やはりカーディスは気づかなんだか…」
「はい。殿下は全く疑いもせずに、例の証拠を私に叩きつけて、婚約破棄と国外追放を言い渡してきました」
「そうか…」
私の目の前にいる国王は、目の下にクマを作り、少し疲れた顔をしている。
そんな貧弱そうな国王は、私の報告を聞いて、しばらく沈黙した後、疲れた表情を一転させ、力強い、王の顔となって私たちに命令を下した。
「カーディスのやつはこれまでじゃ。アンジェリカ嬢には申し訳なかったな。あやつとの婚約は破棄。もちろんこちらが悪いようにの。それからカーディスは廃嫡。ナレス家にでも押し込んでおけ。ついで、次男のダンタリアンを王太子に任命する!それでは準備に取りかかれ!」
「はっ!」
これでようやく私は自由の身なれるわけだ!
私はウキウキ気分で裏工作のために動き出した。
まずは自分で蒔いた、偽情報を片付けなければならない。そう、アホ王子が突き出してきた、あの情報を。
それから、馬鹿弟のこともどうにかしなければ。あいつ、あろうことかユリアーナに籠絡されて、ポンコツがさらにポンコツになってしまった。
父様も心配しているようだし、どうしたものか。
まあ、何はともあれこれで私は自由だ!!
自由を勝ち取った!私は!自由っ!だーー!!