転①
埃だらけの備品を運び出す。金曜日の夕方。大須観音の目の前、商店の邪魔にならない場所に机と椅子を置いた。水晶に謎の置物。額縁入った看板の文字には、こうある
『失物発見、恋愛成就、立身出世。運命鑑定』
この占いにかかれば、なんでも見つかりなんでも成功する、という確信に満ちた力強い文字だった。
「本当にやるの」
「僕も自分の実力を試したいと思っていたんだ」
東京に旅立った占い師が残していった備品が、商店街の倉庫にそのまま眠っていたので、それを拝借した。
「助かったよ。持つべきものは商店街小町の同級生だ」
「これ立てておいたほうがいいよ」
水谷はプラスチックのプレートをテーブルに置いた。
『修行中につき無料』
と、達筆な筆ペン使いで書かれている。
「手を見るだけでわかるもんなんだねえ……」
水谷は感心した様子で呟く。僕は未来予知のことは、鳥羽以外には口外しないと決めていた。
「僕もここで修業を積んで東京進出を目指すよ」
夕方の通りは徐々に人が増えつつある。ちらほら僕らのほうを眺める目もあるけれど、誰も寄ってくる気配はない。
「じゃあ私はこれで。お店にいるから」
水谷は逃げるようにその場を去っていった。僕は紫のローブと伊達眼鏡を身に着けた。
流れていく雑踏をぼんやり眺める。客入りは多くなかったけれど、何人か興味をもってくれる人もいた。最初に足を止めたのは買い物帰りの主婦らしい女の人だった。
「あら、しばらく見ないと思ってたな。ここの占い屋さん」
「弟子です」
僕は勝手に弟子を名乗っていた。
「せっかくだからお願いをしていこうかな。高くて誰もお願いできなかったんですよ、ここ」
「修行中の身ですが」
僕は昨日の占い師の真似をして手のひらを見分した。
「手相を見るときは左手じゃなかったっけ?」
僕は右手を見ようとしていた。
「うちはそういう流派なんです」
勝手に流派まで立ち上げてしまった。聞いているのかいないのか、彼女は曖昧なうなずちを返すだけだった。と、顔を上げて看板を見る。
「失くしたものの場所もわかるの?」
「ええ、調子が良ければ」
もしその人が、未来にその失くしものを発見する予定ならば、僕にはあらかじめそれがわかる。つまるところインチキだ。
「今朝から携帯電話が見つからないの」
女の人はこの後、鞄の底に埋もれているスマートフォンを発見する予定になっていた。
「鞄の底に入っている……気がします」
僕は、あたかも苦しい念写によって未来を見ているかのような、難しい表情を頑張って作った。うまくいっているかはわからない。
「さっきさんざん探したんだけどねえ」
と言いつつ、鞄の中を探す。数分の後、あっ、と彼女は声を上げた。
「あった、でも占いじゃなくてもわかるよね。これ」
僕はあいまいに頷いて黙っておけばよかったのだ。けれど、そう挑戦的な態度をとられては、ついムキになってしまう。
「珍しい、ファーウェイ製の黒いスマートフォンですね。見開き型のケースに定期が入っているので、ここまでは運賃を払ってこられたのかなと思います。あ、名古屋城金シャチのキーホルダーもついてますね。それと」
彼女は鞄からスマートフォンを取り出した。見開き型のケースに黒いスマートフォン。金シャチのキーホルダーがきらりと光る。彼女は携帯の電源を入れた。
「バッテリの残量はありますが、一パーセントですぐにダウンしちゃうと思います」
彼女のスマートフォンは、短い起動音の後に、こと切れるように一度だけ振動し再び動かなくなった。彼女は顔を上げ、驚愕の表情を僕に向けた。いい気分だった。
「もう一回、今度は――」
「無料は初回だけです。占ってほしいことがあれば、明日また来てください」
「俺も頼むよ、兄ちゃん」
後ろに控えていたおじさんがずいと前に出てきた。僕の周りに、ぞろぞろと人が集まってくる。年齢性別問わず、あたりはちょっとしたお祭りの雰囲気を帯びていた。僕は若干後悔を始めていた。それでも依頼は次々に舞い込む。どれもそれなりの悩みで、どうしても答えたくなってしまう。
「明日、転職活動の面接なんだ」
「少なくとも一番最後までは行けそうです。気を引き締めて油断せずに」
「月曜日に、告白するんです。うまくいきますか?」
「誰かが物陰から見てます。雨が降ります。体育館裏の告白は避けたほうが吉です」
「別れた父に会いたい」
「私には力不足のようです……幸運を願っています」
「私の事業はうまくいくでしょうか」
「心強いパートナーがいるようですね……彼はきっとあなたを裏切らないで最後まで付き合ってくれます。仲間を大切にすれば、きっとうまくいくと私は思います」
たくさんの相手をしていくうちに要領がわかってきた。具体的なアドバイスはしないこと、できるだけ抽象的な表現を心掛けること、相手が安堵の表情を浮かべたところで占いを締めると、スムーズに鑑定を終えられること……僕は本当に、自分が東京進出に足る人間であるような気分になってきた。
「次の方、どうぞ」
お客さんに声をかける余裕だって出てきたくらいだ。
「何してるの?」
僕の目の前に座ったのは、セーラー服姿の高校生だった。怪訝な表情を浮かべて僕を見ている。鳥羽だった。
「何かの教祖にでもなる気?」
鳥羽の声は冷たい響きを帯びていた。
「ちょっと待っててくださーい」
僕はお客さんに断わって店を空け、鳥羽を建物の影に連れて行った。
「これからここに犯人が来る。犯人は占いマニアなんだ」
「どういうこと……?」
僕は、電車を降りて犯人を尾行した時のことを説明した。
「犯人の手に触れれば、次にどこで何をしようとしているのかわかる。僕らはその瞬間を押さえる。ビデオカメラを取ってもいい。警察に通報しておくのもいい」
「無茶すぎるよ」
「これで全部終わるはずなんだ」
彼女は深いため息を吐いた。僕の愚行に呆れたと言わんばかりの表情だ。
「困ったことがあったら言って、私も手伝う」
鳥羽は今でも気乗りしないような態度だった。
「これ以上、自分のせいで誰かが犠牲になるのは嫌だから」
僕らの間を、何か強い目的が結び付けてくれたような、そんな感じがした。
「鳥羽ちゃん? 何してるの?」
水谷が顔を出した。
「何か、二人で何かしようとしてるって聞いて……あのローブと水晶、去年の文化祭で使ったやつだよね? なんであんなの持って帰るのかと思って」
「私も学校に寄付したつもりだったんだ。また使うことになるとは思わなかったよ」
二人して僕のほうを見る。その目線がどういう意味なのか僕にはちょっとわからなかった。
「占い屋さん、繁盛してるね。それで様子見に来たんだ。いっそ本当にお店出したら? きっと行けるよ。これ」
「その相談は後にしてくれ、まだ仕事があるんだ」
僕は、自分の使命に若干の誇りを覚えかけていた。
「占ってやってもいいぜ」
「私はいらない」
と鳥羽。
「それより鳥羽ちゃん、うち寄ってきなよ。今なら友情価格でタダにしとくからさ」
タダ?
「僕の時は十円引きだったぞ」
「君との友情は十円引き程度ってことさ」
水谷はひどいことをさらっと言い捨てた。
鳥羽、水谷と別れ店に戻る。人は前よりも少なくなっていた。紫色の布を敷いたテーブル。分厚いじゅうたんの上には、去年の文化祭で使ったという大げさな水晶。その水晶の中身を、じっと覗き込んでいる男がいた。僕は震えた。けれど、お腹に力を込めてぐっとこらえる。
「ご用ですか?」
「あんたがこの辺で一番ぼったくってる占い師と聞いたが」
細面で吊り目、蛇のように無関心な視線が僕を捉える。五十嵐春太はやはり来た。




