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未来予報  作者: ミズノ
8/12

転①

 埃だらけの備品を運び出す。金曜日の夕方。大須観音の目の前、商店の邪魔にならない場所に机と椅子を置いた。水晶に謎の置物。額縁入った看板の文字には、こうある

『失物発見、恋愛成就、立身出世。運命鑑定』

 この占いにかかれば、なんでも見つかりなんでも成功する、という確信に満ちた力強い文字だった。

「本当にやるの」

「僕も自分の実力を試したいと思っていたんだ」

 東京に旅立った占い師が残していった備品が、商店街の倉庫にそのまま眠っていたので、それを拝借した。

「助かったよ。持つべきものは商店街小町の同級生だ」

「これ立てておいたほうがいいよ」

 水谷はプラスチックのプレートをテーブルに置いた。

『修行中につき無料』

 と、達筆な筆ペン使いで書かれている。

「手を見るだけでわかるもんなんだねえ……」

 水谷は感心した様子で呟く。僕は未来予知のことは、鳥羽以外には口外しないと決めていた。

「僕もここで修業を積んで東京進出を目指すよ」

 夕方の通りは徐々に人が増えつつある。ちらほら僕らのほうを眺める目もあるけれど、誰も寄ってくる気配はない。

「じゃあ私はこれで。お店にいるから」

 水谷は逃げるようにその場を去っていった。僕は紫のローブと伊達眼鏡を身に着けた。

 流れていく雑踏をぼんやり眺める。客入りは多くなかったけれど、何人か興味をもってくれる人もいた。最初に足を止めたのは買い物帰りの主婦らしい女の人だった。

「あら、しばらく見ないと思ってたな。ここの占い屋さん」

「弟子です」

 僕は勝手に弟子を名乗っていた。

「せっかくだからお願いをしていこうかな。高くて誰もお願いできなかったんですよ、ここ」

「修行中の身ですが」

 僕は昨日の占い師の真似をして手のひらを見分した。

「手相を見るときは左手じゃなかったっけ?」

 僕は右手を見ようとしていた。

「うちはそういう流派なんです」

 勝手に流派まで立ち上げてしまった。聞いているのかいないのか、彼女は曖昧なうなずちを返すだけだった。と、顔を上げて看板を見る。

「失くしたものの場所もわかるの?」

「ええ、調子が良ければ」

 もしその人が、未来にその失くしものを発見する予定ならば、僕にはあらかじめそれがわかる。つまるところインチキだ。

「今朝から携帯電話が見つからないの」

 女の人はこの後、鞄の底に埋もれているスマートフォンを発見する予定になっていた。

「鞄の底に入っている……気がします」

 僕は、あたかも苦しい念写によって未来を見ているかのような、難しい表情を頑張って作った。うまくいっているかはわからない。

「さっきさんざん探したんだけどねえ」

 と言いつつ、鞄の中を探す。数分の後、あっ、と彼女は声を上げた。

「あった、でも占いじゃなくてもわかるよね。これ」

 僕はあいまいに頷いて黙っておけばよかったのだ。けれど、そう挑戦的な態度をとられては、ついムキになってしまう。

「珍しい、ファーウェイ製の黒いスマートフォンですね。見開き型のケースに定期が入っているので、ここまでは運賃を払ってこられたのかなと思います。あ、名古屋城金シャチのキーホルダーもついてますね。それと」

 彼女は鞄からスマートフォンを取り出した。見開き型のケースに黒いスマートフォン。金シャチのキーホルダーがきらりと光る。彼女は携帯の電源を入れた。

「バッテリの残量はありますが、一パーセントですぐにダウンしちゃうと思います」

 彼女のスマートフォンは、短い起動音の後に、こと切れるように一度だけ振動し再び動かなくなった。彼女は顔を上げ、驚愕の表情を僕に向けた。いい気分だった。

「もう一回、今度は――」

「無料は初回だけです。占ってほしいことがあれば、明日また来てください」

「俺も頼むよ、兄ちゃん」

 後ろに控えていたおじさんがずいと前に出てきた。僕の周りに、ぞろぞろと人が集まってくる。年齢性別問わず、あたりはちょっとしたお祭りの雰囲気を帯びていた。僕は若干後悔を始めていた。それでも依頼は次々に舞い込む。どれもそれなりの悩みで、どうしても答えたくなってしまう。


「明日、転職活動の面接なんだ」

「少なくとも一番最後までは行けそうです。気を引き締めて油断せずに」


「月曜日に、告白するんです。うまくいきますか?」

「誰かが物陰から見てます。雨が降ります。体育館裏の告白は避けたほうが吉です」


「別れた父に会いたい」

「私には力不足のようです……幸運を願っています」


「私の事業はうまくいくでしょうか」

「心強いパートナーがいるようですね……彼はきっとあなたを裏切らないで最後まで付き合ってくれます。仲間を大切にすれば、きっとうまくいくと私は思います」


 たくさんの相手をしていくうちに要領がわかってきた。具体的なアドバイスはしないこと、できるだけ抽象的な表現を心掛けること、相手が安堵の表情を浮かべたところで占いを締めると、スムーズに鑑定を終えられること……僕は本当に、自分が東京進出に足る人間であるような気分になってきた。

「次の方、どうぞ」

 お客さんに声をかける余裕だって出てきたくらいだ。

「何してるの?」

 僕の目の前に座ったのは、セーラー服姿の高校生だった。怪訝な表情を浮かべて僕を見ている。鳥羽だった。

「何かの教祖にでもなる気?」

 鳥羽の声は冷たい響きを帯びていた。

「ちょっと待っててくださーい」

 僕はお客さんに断わって店を空け、鳥羽を建物の影に連れて行った。

「これからここに犯人が来る。犯人は占いマニアなんだ」

「どういうこと……?」

 僕は、電車を降りて犯人を尾行した時のことを説明した。

「犯人の手に触れれば、次にどこで何をしようとしているのかわかる。僕らはその瞬間を押さえる。ビデオカメラを取ってもいい。警察に通報しておくのもいい」

「無茶すぎるよ」

「これで全部終わるはずなんだ」

 彼女は深いため息を吐いた。僕の愚行に呆れたと言わんばかりの表情だ。

「困ったことがあったら言って、私も手伝う」

 鳥羽は今でも気乗りしないような態度だった。

「これ以上、自分のせいで誰かが犠牲になるのは嫌だから」

 僕らの間を、何か強い目的が結び付けてくれたような、そんな感じがした。

「鳥羽ちゃん? 何してるの?」

 水谷が顔を出した。

「何か、二人で何かしようとしてるって聞いて……あのローブと水晶、去年の文化祭で使ったやつだよね? なんであんなの持って帰るのかと思って」

「私も学校に寄付したつもりだったんだ。また使うことになるとは思わなかったよ」

 二人して僕のほうを見る。その目線がどういう意味なのか僕にはちょっとわからなかった。

「占い屋さん、繁盛してるね。それで様子見に来たんだ。いっそ本当にお店出したら? きっと行けるよ。これ」

「その相談は後にしてくれ、まだ仕事があるんだ」

 僕は、自分の使命に若干の誇りを覚えかけていた。

「占ってやってもいいぜ」

「私はいらない」

 と鳥羽。

「それより鳥羽ちゃん、うち寄ってきなよ。今なら友情価格でタダにしとくからさ」

 タダ?

「僕の時は十円引きだったぞ」

「君との友情は十円引き程度ってことさ」

 水谷はひどいことをさらっと言い捨てた。

 鳥羽、水谷と別れ店に戻る。人は前よりも少なくなっていた。紫色の布を敷いたテーブル。分厚いじゅうたんの上には、去年の文化祭で使ったという大げさな水晶。その水晶の中身を、じっと覗き込んでいる男がいた。僕は震えた。けれど、お腹に力を込めてぐっとこらえる。

「ご用ですか?」

「あんたがこの辺で一番ぼったくってる占い師と聞いたが」

 細面で吊り目、蛇のように無関心な視線が僕を捉える。五十嵐春太はやはり来た。

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