承①
「名古屋市内で、下校途中の高校生が通り魔に刺されて重傷を負った」
そのニュースは瞬く間に全国に広がった。メーテレ以外の局でも取り上げられていたほど。連続通り魔事件ということで、話題になる下地はずいぶん前にできあがっていたのだ。後は、何かのきっかけがあればよかった。それが陸田だったのだ。「高校生」というキーワードは、ニュースなり情報記事の視聴率を一パーセントはアップさせるんじゃないかと思う。良くも悪くも多くの人が気に掛ける年代なのだ。
「なんだかすごい静かだ」
すれ違いざまに誰かが呟いた。教室から下駄箱に向けて歩く途中。なんだか昨日とは別の世界に飛ばされてしまったような、奇妙な感覚だった。開け放たれた昇降口の向こうからは、掛け声も駆け足の音も聞こえてこない。たわいない雑談、スリッパのパタパタ音に、誰かのあげた笑い声、どこかで思い切り閉められた引き戸。校舎の奥のほうから、雑多な音が狭い廊下を反響して僕の耳にまで伝わってくる。靴を取り出した時の砂利の音も、なんだか妙に大きく聞こえた。
「帰るの?」
外に出たところに、鳥羽が立っていた。僕は頷いた。
「医療センターに寄ってから」
「私も行く」
「大丈夫なのか?」
「平気。それよりも陸田くんのお見舞いに行きたい」
かすかにふるえた唇の隙間からは、言葉にならない感情が少しだけ漏れ出しているように思えた。
「寄り道は駄目だってさんざん注意されただろ」
鳥羽は不適に笑った。
「だから二人で行ったほうがいいでしょう?」
「だからって……」
だから、という言葉の使い方を明らかに間違っているけれど、僕は咄嗟に反論できなかった。
「共犯なら罪も半分だよ」
法的には違うけれど学校教育的にはそうかもしれない。鳥羽はひょうひょうとしている。早く、と、僕を手招きして段差を降りた。
「怒ってないのか」
「それはどんな事情があったかによるね」
帰途に着く生徒の数はいつもいりずっと多い。そのせいで、前を歩く生徒の靴を時々踏んづけそうになった。隣を見る。鳥羽は真剣な表情をしていた。
「昨日、なんで私を待ってたの?」
「それは……」
僕はさっきから言葉に窮してばっかりだ。
「答えにくいなら順番に聞くよ。何か知ってることがあるの?」
「あのな……鳥羽」
「イエスかノーで答えて」
「その通りだ」
僕は観念した。何かを話さなければならない。けれど、つじつまの合う嘘なんて思いつきっこない。まるでデタラメな作り話に聞こえてしまうような真実を、どうすれば誰かに信じてもらえるというのか。
「教えて」
「多分信じてくれないと思うな」
「私は信じるよ」
「嘘だったらどうする」
鳥羽はふいに表情を崩した。
「上手な嘘が付ける人には見えないよ。だから信じる」
僕についての性善説を信じてくれるというわけではないらしい。僕は思い切りため息を吐きたい気持ちだった。
「わかった、話すよ」
校門からは、放課後の時間を持て余した生徒たちがどんどん吐き出されてくる。僕は、ちょっとだけ声を潜めた。
「僕は、鳥羽が通り魔に刺されて殺されると思っていたんだ」
鳥羽はきょとんとした表情を浮かべていた。
「どうして?」
僕は、今までの人生の中で、絶対に言いたくないと思っていたことを言わなければならなくなった。
「僕は、未来が見えるんだ」
えっ、と短い悲鳴みたいな声が聞こえた。近くに歩いていた生徒に聞こえてしまったらしい。続けて短い笑い声。当然だ、僕の耳にだって、凄くセンスの悪いジョークみたいに聞こえた。それかドラマの字幕の棒読みか。
けれど鳥羽は笑っていなかった。難しいテストに向かっているときみたいな、自分の内側で考えを巡らせる時の表情。
「詳しく教えて」
どこから説明をするべきか。僕は、当日にあったことを、もう一度ぼんやりと思い返した。




