エピローグ
スマートフォンの画面を覗く、最終下校時刻の三十分前だった。むき出しになった部室棟のコンクリート壁に背中を預けて待っていると、昼間に吸い上げた熱が伝わってくる。七月の空はまだ青い、僕がひとつ伸びをしたところで、部室棟の影から、見知った姿が顔を出した。
「何してんの?」
心臓が飛び跳ねた。水谷と陸田だった。
「鳥羽ちゃん待ち?」
「そうだよ」
「私は帰るよ。ね、陸田くん」
「今回は何もしねーよ。もう刺されたくないからな」
二人は僕を残してさっさと歩いていく。
「応援はしてるよ! 応援は!」
水谷が遠くで手を振った。僕も手を振り返す。
壁からちょっと顔を出して部室棟の表側を覗く。練習を終えたサッカー部員たちが、ボールの入った籠を部室に押し込んでいるところだった。
頭上から部室のドアの開く音。バドミントン部員がぞろぞろと出てくるところだ。わいわい騒ぎながら階下へ降りてくる。複数の足音が階段を鳴らす。
僕の傍らを、部活を終えた彼女らの姿が通り過ぎる。三人組、二人組、四人組……別々のコロニーを作って歩いていく。
「お待たせ」
後ろから声をかけられた。鳥羽の声だった。振り向く。
「なんでわざわざ遠回りしてくるんだ」
「驚くかなあと思って」
鳥羽に対してい感じていた嫌な気分は、今の僕にはもうなかった。それにとって代わって、別の前向きな感情が自分の中に生まれつつあることを、僕は自覚していた。
「帰ろうぜ」
僕が促しても、鳥羽はその場所に立ったところだった。
「言いたいことがあるなら、ここで言ってよ」
僕は鳥羽と正面から向かい合った。鳥羽がそうするのと同じように、相手の目をまっすぐに見つめてやる。
言いたいことはたくさんあった。「夏の大会応援してる」とかでもいいし「あの時に何も言わなくて悪かった」ことだって言わない溶けないし、いっそ「大好きだ!」でもいいかもしれないし「バドミントン部に入る」でもいいかもしれない。だけど僕は何も考えていなかった。
「なんの用だった?」
僕は伝えられるだろうか。自分の中のもやもやした思いを、適切な言葉で。そして、受け入れてもらえるだろうか、そんな、何の準備もしていないこの上京で。
それでもいいかと思った。。先の未来はまだ見えない。今から僕は、そいつを、自分の五感で捕まえに行くのだ。後のことなんて知らない。ただ、お腹の奥から飛び出してくる言葉に全部任せたらいい。僕は、大きく、胸いっぱいに息を吸い込んだ。
七月の熱気を帯びた大気が肺を満たす。今年の夏が、今、これから始まるような気がしていた。




