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一七〇一年四月五日十五時 江戸城老中御用部屋

 「先ほど戸田釆女正殿より知らせがあったにつき、急ぎ協議を致すべく集まって頂いた」

 老中首座土屋相模守が告げる。無論、みな評定の内容は既に予想している。恐らく、先の秋元立案の策が当たったのであろう。

 「それでは……」

 最年長の稲葉が先を促す。

 「各々方もお察しのこととは思うが、赤穂の家臣どもは吉良殿お仕置き、大学長広殿お取立て無くば城を明け渡し難いとの由、目付宛嘆願書を差し出してきた」

 最年少にして文武両道の兵法家小笠原がそれを受ける。

 「されど、荒木殿、榊原殿は既に江戸を出立されておるゆえ……」

 「歎願使は江戸家老に相談し、釆女殿から公儀へ届出と相なったか……ここまでは、秋元殿の筋書き通りよのう」

 にやりと笑った稲葉に秋元が目配せで応える。赤穂から江戸まで往復する時間。赤穂で議を決しても、それが江戸に伝わらない前に江戸では既に状況が替わってしまう。先に秋元が言った時間的距離とはこのこと、時間の経過に伴う未来予測と現況との乖離を指していた。策の状況と推移、今後の見通しを改めて確認するため、ここで土屋が天井裏に声をかける。

 「軽よ、まずは赤穂の様子を報告せよ」

 天井裏から少しくぐもった、しかしながら軽やかな声が返ってくる。

 「さればまず赤穂家臣の評定については、歎願殉死の線で一応の決定。城代家老を始めとするそれに反対する一派は、卑怯者との謗りを受け評定の場から退出」

 「うむ、まずは弱腰の者を排斥することに成功したというわけか」

 稲葉が軽の報告を整理する。

 「次に歎願使に選ばれた二人は城代家老派の者。大石殿の評によらば江戸家老安井殿は小心者。両名は決して安井殿には相談するな、と大石殿より繰り返されましたが、これが却って両名に刷り込まれる結果となった様子にて」

 人は時として、するなと言われたことが頭に刷り込まれ、却ってそれを行ってしまうという結果に陥りやすいもの。大石にきつく申し渡されたがゆえに却って、歎願使二人の頭から他の方法へ目を向けるという思考が奪われ、安井に相談するか否か二者択一の議論に陥ってしまった。そこへ歌留の誘惑である。人は易きに流されやすいもの。

 「結果安井は戸田殿、大学殿に相談するに相なった、と」

 稲葉の相槌に一同頷く。

 「安井殿は戸田殿、大学殿より国許で騒ぐべからずとの指図を受け、歎願使の両名にこの口上書を持参の上国許に遣わす模様」

 「まこと、ここまでは筋書き通りで面白いほどよのう」

 稲葉が大笑する。

 「しかしまだ策は半分が成立したところ。この後の対応によっては、ここまでの成功が水泡に帰すこともあり得よう」

 法家にして慎重派の阿部豊後守の指摘に一同首肯する。まずは弱腰派の排斥には成功したが、このまま赤穂の家臣どもに本当に殉死されては困る。

 「さよう、ここで第二の時間的距離が活きようかと」

 今回の策の発案者である秋元が口を開く。

 「歎願使の両名が赤穂に戻らぬ前に弱腰派の排斥を完了させ、その後歎願使が殉死の無意味を国許に知らせれば、殉死は回避できよう。この後恐らく戸田殿は赤穂の歎願を公儀に届けに参る。さらばそれを利用して、戸田殿を通じて赤穂にこう伝えん。すなわち、殉死歎願などせば大学長広殿の指図によるものとみなし、その罪は大学殿にも及ぶべし、と」

 「付け加えて、殉死は幕法のご法度である、と」

 法家の阿部らしい付言である。これも確かに赤穂藩士に対して殉死を思いとどまらせる理由たり得よう。幕法に逆らって殉死などして、ましてや先に公儀から付言されている状況において、どうして大学様のお取立てが叶おうか。

 「更には、これは軽殿にお願いする儀であろうが……」

 小笠原が付け加える。

 「大石には密かに、大学殿お取立てについて公儀も内々に評定していると知らせてはどうか。その証左として、まずは浅野殿の葬儀を執り行う許可を出す、と伝えては」

 「うむ、それは良いお考え。各々方にもご異論はござらぬか」

 土屋の問いに稲葉が、 いかにも稲葉らしい少し婉曲な表現で賛同する。

 「神君の遺言とは言え、浅野殿には少しく礼を失したゆえ、せめて葬儀くらいは大名の作法にて執り行うべく計らうのもよかろう」

 「さらば軽よ、よろしく頼む」

 土屋の一言が議を決した。この後戸田釆女正から公儀に届出があり、かねて決した通りに戸田にその意を伝える。その一部始終を見届けた後、軽は赤穂へ向けて江戸を発った。

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