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がめついパイロット

がめついパイロット ケイ木

作者: 電子紙魚

 レック公爵家の長男フランク・ハートは執事のサイモンを伴って奴隷市場にいた。

 フランクの周囲には5人の兵が警戒していた。

 侯爵家とばれるようなものは何一つ表に出していないが、貴族というのはバレバレだった。

「フランク様、わざわざこのような場所に来ずともわたくしめにお申し付けくだされば

ご要望に沿った側使いをご用意いたしますものを」

 フランクはきょろきょろと所在無げにしている奴隷たちを見渡していた。

「四六時中僕の近くにいるのだろう。だったら気が合う者でなければ僕が疲れてしまう。

それにマークは父上が見出したのだろ。僕もマークのようなものが欲しい」

「マーク様のような例は稀かと存じますが」

 マークというのはレック公爵家の家令であり、公爵のマシューの右腕だった。

 そしてマシューが側使いとして購入した奴隷でもあった。

 さすがにいまでは自分を買い取って奴隷ではなくなっている。

「それに人を見る目も養わないとね。サイモンもしっかりと見極めてほしい」

 フランクは自身だけでなく執事にも課題を設けた。

 さすがに40歳を超え、30年近く公爵家に勤めているサイモンにとって容易いものだった。

 サイモンが勧めるのはどれも屈強で盾になりそうなものばかりだった。

 身の回りの世話を焼くのに屈強さは無用だが、いざという場合に盾となって主人を守るのも役目の一つだ。

 家令のマークは護衛役にもふさわしい体格をしていた。

 それでいて頭もよく主人の補佐までしてしまうのだから優秀すぎる人物だった。

 フランクが目を止めたのは体が小さく痩せこけていて顔色の悪い少年だった。

 奴隷商によると5日前に購入し、今朝到着したばかりだと言う。

 書類をめくり1年近く前に食堂を経営していた両親が強盗に殺され、叔母夫婦に引き取られたものの

売られたと説明した。

 年齢はフランクと同い年で両親が健在中に少し勉強もしていたらしい。

 フランクはフレディを気に入ったが、サイモンは口をへの字にして難色を示した。

 フレディ少年はあまりにも貧弱で戦闘に向きそうになかったからだ。

「護衛の兵が突破された段階ですでに僕は死んだも同然だ。それはお前も同じだろ」

 サイモンは身の回りの世話をするのは優秀だったが、戦闘力は高くない。

 公爵家の騎士に剣を習っているフランクに負けてしまう程度だった。

「坊ちゃまの盾になるくらいはできます。その間にお逃げくださればよいのです」

 抗弁したが説得力に欠ける。フランクに押し切られて購入が決定した。

 フレディの座学での成績はフランクよりも上だったが、剣や槍では遠く及ばなかった。

 公爵領内での基礎学習を終えてフランクはフレディを伴って王都の学校に入学した。

 中等教育に相当するが、社交界でのマナーなどを習得する場でもあった。

 貴族が身につけるべきものだが、出来の悪いものも多かった。

 初等教育は家庭で受けることになっているが、貧しい家ではろくな家庭教師が雇えない。

 裕福であってもわがままに育ち、まともに勉強しないものも多い。

 優秀なものとそうでないものの差がとてつもなく大きいのがこの学校だった。

 貧乏貴族であっても無理して貴族学校に入校させる家は多かった。

 有力な貴族の子弟と知己を得る絶好の機会が提供される。

 有力な貴族の家にしても影響力を増すために人材発掘の場としての意味を持っていた。

 フレディに劣るといっても貴族としては最優秀であり、武術を含む総合成績ではトップだった。

 しかも身分が下のものとも同格に付き合う人柄から周囲は人であふれていた。

 取り巻きが多くなればパーティへの出席が増える。

 出席すればパーティを開催せざるを得なくなる。

 勢力が強くなれば面白くない人物も現れる。

 表立って攻撃することはない分陰湿になる。

 フランクが冬のパーティを企画したのだが、当日に宰相の次男も同じ日にパーティをぶつけてきた。

 権力にものをいわせて有名な料理人を全て押さえた。

 フランクのパーティを貧弱なものにするために。

 学校では同日同時刻にパーティを実施する場合、お互いに表敬訪問することになっていた。

 宰相の次男はフランクを貶めるために画策したのだった。

 まともな料理のないパーティを開催するのは恥になる。

 さすがにフランクも手の打ちようがなかった。

 無理に実行するよりは理由をつけて中止したほうが傷が浅い。

 それでもフレディに相談したのはまだ諦めていなかったからだった。

 パーティ当日は雪が降る寒い日となった。

 会場となっていたレック公爵家の王都別宅のダンスホールは人いきれであふれていた。

 広い会場なのに暖かいのはそこかしこから湧いている湯気のおかげでもあった。

 あちらこちらに魔法の炉が置かれ、その上で鍋がぐつぐつと煮えたぎっていた。

 鍋には様々な具が浮かんでいた。鍋ごとに趣向が凝らされ同じ味のものがない。

 鍋を囲んで会話が弾む。鍋を回りいろいろな味を楽しむ。

 身分に関係なく、同じ鍋をつつく。ワイト国の冬の名物となる鍋パーティはここから始まった。

 1月後フレディは学校を辞め、公爵家の厨房に入った。

 フランクはフレディの意思を尊重した。一緒に学んできたのはフレディだけだったが、

側使いは1人というわけではない。身の回りの世話をするものは数人いた。

 勤務場所が厨房になっても話をするのに障害にはならなかった。

 フランクが希望すればフレディは駆けつけた。

 弟子入りする形になったが料理長は料理を教えなかった。

 教えてもらうものではなく盗むものとなっていた。

 包丁さばきなどはひたすら使うしか上達しない。

 味付けは皿に残ったものをなめて記憶する。

 賄いで再現するように心がける。フレディはめきめきと腕を上げた。

 5年とたたずして料理長はすべてでフレディに追い越されたことを悟った。

 公爵に願って料理長を辞任した。功労金で王都に店を構えた。

 次期料理長に収まったのはフレディだった。

 腕前は年上で前から厨房にいた者たちも認めざるを得なかった。

 味だけでなく発想力も飛びぬけていて新しい調理を公爵家のパーティで披露していった。

 1度は辞退したフレディだったが2度目には折れた。

 料理長に就任すると料理人を育てるカリキュラムを作成しレベルに達した者たちに資金を与え自由にさせた。

 中堅が去ると厨房に新人を雇い入れ基礎から教え込む。

 店を持つものや料理長として貴族に仕えるもの公爵家出身の料理人が国中に散った。

 フレディの料理が広がっていった。だが独立した者たちも常にフレディの動向を注視していないと置いていかれる。

 フレディの料理の進化が止まることはなかった。

 同時にフランクとともに領地経営にも係わった。フレディのアイデアをフランクが実行していく。

 レック公爵領は国内でもっとも豊かな領地となっていった。

 豊かになれば食を楽しむようになる。食材が改良される。

 食材に合うように調理方法も変化していく。

 周辺に飢饉が発生しても新たな食べ物は生き延び、領民の腹を満たす。

 公爵家に援助を依頼する貴族が後を絶たない。

 ついにフランクの娘が王太子と婚約した。

 フランクは十代に結婚したが子宝に恵まれなかった。

 花嫁が8つも年下だったからかもしれない。

 30近くになって男の子を得た。そこから1年おきに3人の息子を持つことになった。

 これで公爵家は跡継ぎに困らなくなった。

 そして4人目が女の子でアリスと名付けた。

 アリスが誕生した翌年に妻が病気で死んだ。

 そんなこともあってアリスを目に入れてもいたくないほど可愛がった。

 さすがに甚だ過ぎるとフレディに忠告され、ちょっとだけ控えるようにしたが。

 まだ5歳のアリスを国王が世継ぎの嫁に求めた意図は明白だった。

 アリスは10歳の誕生日に嫁ぐことになった。

 貴族としても結婚にはやや早いが、フランクの妻も似たような年齢だったのだから断れない。

 フランクとしてはもっとアリスを手元に置いておきたかった。

 そんな愚痴をこぼせるのはフレディだけだった。

 準備期間が5年もあるので計画は念入りに練られた。

 花嫁道具の選定から製造まで金に糸目をつけなかった。

 フレディもまた勅命によって披露宴の料理を担当することになった。

 王はフレディを宮廷料理人として召し抱えたかった。

 公爵家の恩義を盾に断っていた。恩義だけなくフランクとの友誼もあった。

 主人であるフランクの愛娘の婚儀に腕を振るう。

 フレディにとって恩を返せる一つの舞台だった。

 フレディは表舞台から姿を消した。

 公爵家のパーティを彩る料理を作るのは厨房を任された料理人たちだった。

 それらは華やかで美味しいが何かが不足していた。

 料理人たちも自覚していたため創意工夫を凝らしたが師の足元にも及ばなかった。

 フレディはフランクから貰った家で研究をしていた。

 自身の結婚式で感じた不満に対する回答を得ようともがいていた。

 披露宴で供された料理‐さすがに花婿のフレディは調理しなかったが監修と最終点検はした‐は

美味しかった。しかし、酒が主役であり、料理は脇役となっていた。

 逆転させるにはどうすべきかずっと温めていた。

 アリスの披露宴で腕を振るう機会を得たのは勿怪の幸いだった。

 心情は明かさなかったがフランクには披露宴に全力を投じたいと申し出て

3年目からは留守にすることも了承してもらった。

 料理だけでなく結婚に関する古い文献や言い伝えを求めて国中を歩いた。

 1年近く歩いたがほとんどはありふれたものだった。

 フレディの琴線に響くものはなかった。落胆しながら家路を急いでいる途中の村で見つかった。

 半分近く土に埋もれていた石板だった。古代文字が刻まれていた。

 石板を掘り起こし拓を取った。念のため拓を模写した。

 帰宅後、古い文献にあった古代文字の記載を手掛かりに解読した。

 それはフレディが探し求めていたものだった。

 その材料を集めたが、1つだけ入手できなかった。

 結婚式まで半年を切っていた。だがこのままでは料理は完成しない。

 フレディは藁をも掴む想いで商人ギルドを訪れた。

 フレディはジャンと面会した。ケイ木が欲しいと語った。

 どこで育ちどんな植物なのか想像すらできない。

 道案内を頼みようもないのだが、ケイ木と聞いてジャンは知っていると答えた。

 狂喜乱舞したフレディは拝み倒すように依頼した。

 依頼料は金貨200枚でいくつもの条件が付随した。

 金策を無視して放り出して2つ返事だった。

 個人として金貨200枚を用意することは難しいが、披露宴の費用の一部としてなら捻出可能だ。

 最後の条件も成功するためなら惜しくはなかった。

 目を開けると部屋の中だった。白い壁で囲まれていた。

 中央のテーブルに白いケイ木が生えていた。透明なものが手で触れることを拒んだ。

 全体的に白い。白い大輪の花があり、赤い実がなっていた。

 透明なもので遮られた壁には中央とは違うケイ木があった。

 高さがフレディほどもある。とてもではないが1人では運べそうにない。

「これはケーキというお菓子の一種だ」

 ジャンが1つのケイ木を指さした。お菓子ならフレディも作ったことはある。

 砂糖をたっぷりと使った甘いものだ。

 だがお菓子と結婚とどう結びつくのか首をひねった。

 ジャンが何かを操作した。ケイ木の周囲に人が現れた。

 全員が着飾っているが、中央にいる男女はひときわ目立っていた。

 男女が2人でケイ木の表面に握った1つの長い包丁で傷をつけた。

 説明文がケイ木の下に流れた。儀式の意味がひらめいた。

 人々が消え、ケーキの製造工程が映し出された。

 すべてを記憶するのに丸1日かかった。

 ジャンに合図すると家に戻っていた。

 アリスの披露宴で数千年ぶりのケーキが新郎新婦の手でカットされた。

 ワイト国ならず大陸中に広まるのに時間はかからなかった。

 だがフレディは見届けることができなかった。

 披露宴が終わった翌日に心臓発作で急死していた。


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