第6話:異常だ
匹乗さん視点です
六
おかしい。
匹乗愛華は思考していた。
この子は何者だ?いや、何だ?
もちろん、“この子”というのは目の前にいる少年、折神尋騎のことである。
彼はたまたま学校に殺人鬼が入り込み、たまたま殺され、たまたま能力に目覚めた可愛そうな少年…のはずだ。だが…
だが、彼女は彼について疑問に思うことが、いや、異常に思えることがいくつもあった。
彼は落ち着きすぎている。
最初に会って、いきなり逃げ出したと思ったら今は落ち着き平静を保っている。生徒の死を告げたとき、その時に彼は倒れてしまった。可愛そうなことをしたと思ったが、それからだ。
それから彼はあきらかに変わっている。
第一、普通の高校生がクラスメイトが殺されたと聞いて、その事について全く質問しないなどということは有り得ない。例え信じてなかったといえども、その事には全く触れず、自分が幽霊かなどときくのは異常だ。
「魚だと何が好き?」
「そうですね…」
彼女は頭の中では思考を続けながら、それを顔にはおくびにも出していない。
彼女の能力、“黒猫”は、範囲内にいる対象と自分の心を繋ぐ、というものだ。対象は生きている人間に限られ、範囲は約5kmである。
そんな彼女は、能力に目覚めた時から力の制御ができる時まで感情に晒され続け、力の使い方を覚えた後も仕事のために自ら望んで幾千、幾万もの人の感情に晒されてきた。
その結果、彼女は完全に思考と感情を別離することを体得していた。
表の彼女は、今も尋騎と楽しげに喋っている。
しかし、裏の彼女は彼のことについて、深い深い思考を続けている。
別に表の彼女が本当だとか、裏の彼女が本当だとかではなく、これらを合わせて“彼女”なのだ。
感情が読めない…?
彼女が彼に自己紹介と称して学校名や好きなもの嫌いなものを聞いたのは、感情がよめる彼女にとって、それを言っている人の心をよめば大抵のことが分かるからだ。
組織のことを話させればその組織での立ち位置や人間関係が、好きなもの嫌いなものからはその人のいい思い出や嫌な思い出を読み取れ、その人の人柄がわかる。
しかし、彼の感情はよめなかった。
彼が倒れる前はよめたが、倒れた後には断片的にしかわからず彼の心をよもうとすると、まるでなにかに邪魔されているかのように黒い靄がかかり少ししかよみ取ることが出来ない。
それは自己紹介の時には顕著で、ほとんどよみ取れなかった。
もちろん、修行した能力者なら拒むという意思によって彼女の能力から逃れることはできる。
だが、今日能力に目覚めたばかりのただの高校生に、仮にも永劫機関のエース、匹乗愛華の能力から逃れるすべがあるとは思えなかった。
やっぱり“不死”は特別なのか…?
不死の能力者はとても珍しく、現在日本には彼を含めて2人、つまり今まで1人しかいなかった。
その1人は、文化存続再現社の現状最強、
“終わりっぱなし”と呼ばれるとある女性だった。
彼女は20歳という若さにして能力制御を完璧にこなし、文化再の第三部隊隊長を務めている。
匹乗愛華がボスから会ったら絶対に逃げろと言われている要注意人物の1人だ。
その彼女と同じ“不死”の能力を持っている彼は、何者なのか。
普通の高校生だったのか、それとも……
それが、目下の彼女の思案事項であった。
「さっ!どう、だいたい分かった?」
パン!と彼女は手を鳴らす。
「まあ…」
彼からはそんな返事が返ってきたが、依然、彼の心はよめなかった。