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94.会いたい理由


 息がしやすいとか、体が軽いとか。心と体は密接で、お互いに影響しあっている。体が壊れると心が弱ったり、そもそも病は気からという言葉もあるくらいだ。一つの器に入っているのだから、行き届かない所なんて無いのかも知れない。


「ヴィオ様、いらっしゃいますか?」


「えぇ、今行くわ」


 お昼の時間になって、自分を呼ぶ声に席を立つ。初めの頃は自分も、そしてクラスメイトも慣れなくて注目を浴びては居心地の悪い感触に違和感を覚えていたけれど。今ではすっかりへっちゃらで、未だ好奇の視線を向けるクラスメイト達を無視出来る様になった。ロゼットもそれは同じ様で、初めは泳いでいた目線が、今では真っ直ぐにヴィオレットを見つめている。


「今日は少し曇っていて肌寒いですし、室内の方が良いかもしれませんね」


「あぁ、そう思ってサロンの用意をしてもらっているの。ごめんなさい、言っておくべきだったわ」


「そんな、ありがとうございます!」


「一応ロゼットの気に入りそうなメニューを選んだけど、まだ変更出来ると思うから」


「私の事より、ヴィオ様にはご自分の食べる分を考えてほしいのですけれど」


「えぇ勿論、今日はシフォンケーキがおすすめらしいわね」


「そういう事ではなくて……分かって言ってますでしょ」


「あら、何の事かしら」


 ぷくんと頬を膨らませてこちらを睨むロゼットの迫力の無さに、思わず笑みが溢れた。とぼけて見せると、丸く膨らんだ頬がより大きくなった。当初の緊張で引きつっていた面影はなく、むしろ他の人にとっても、今のロゼットは意外な表情をしている。ヴィオレットからすると、可愛らしい雰囲気の彼女にはよく似合っていると思うけれど。


 ──自分の気持ちを自覚して、十日ほど経っただろうか。


 あれほど混乱して、恐怖して、消し去りたい消えてしまいたいと思ったのに、ときが経てば僅かながらでも冷静になるものだ。マリンに泣き付いて吐露した思いに嘘は無いけれど、だからといってどうにも出来ないなら認めるしかない。今ではもう、根を張り花咲いている場所が分かっているなら、後はそれを誰にも見られない様に気を付ければいいとまで思っている。

 水もやらず、日の元にも出さず、ただ枯れるまで待てばいい。自分ではどうにも出来ないのなら、時間に解決して貰うしか無いだのから。


「やっぱり、まだ曇っていますね」


 窓の外を見上げたロゼットが、気落ちした声色で呟いた。話題というより、思わず溢れたと言った方が良いだろう大きさで。つられてヴィオレットも外に視線を向けると、今にも降り出しそうな空模様があった。水を含んだスポンジの様に、絞ったら大量の雨が降り注ぐのだろう。


「この分だと、帰宅する時間に雨が降っているかも知れませんね」


「そうね……今日の放課後は別の所でお話しましょうか」


 いつもは初めて話したあのガゼボ、二人にとっての秘密基地で話していたのだけれど、この天気ではあまり得策とは言えないだろう。この空の下では、ただでさえ薄暗いあの場所はもっと不気味な色になって、空気も冷たさを増している気がする。雨が降ればよりそれが強まるだろうし、濡れて風邪を引く可能性だってあるのだ。

 

「そうですね。でしたらそれは私の方でご用意しますわ」


「ありがとう」


 隣を歩くロゼットに、その顔がほんの少しだけ自分よりも下にある事に気が付いた。見下げるというほどの差ではない、きっと数字にしたって数センチの事だろう。僅かに目線が下がる程度の身長差は、きっと話しやすいはずなのに。

 違和感が芽生えてしまうのは、見上げるほど大きな人を連想してしまうからだろうか。


(ユラン)


 あの日、おかしな別れ方をして以来、顔も見ないし声も聞こえない。

 十日……それほど長い期間では無いし、今までだってこんな期間はいくらでもあった。そもそもユランが高等部に上がるまでは、十日どころではなくすれ違う事もなかったのに。顔が見たいと、声が聞きたいと思うのは。あの日への罪悪感が詫たいと願っているだけなのか、それとも、自覚した恋心が、会いたいと叫んでいるだけなのか。

 分からないのか、見ないふりをしているだけなのか、もしくは両方本心なのか。知らなかった頃なら、こんなに悩んだりしなかった。ただ想いの種類を自覚しただけなのに、どうしてこうも違うのだろう。


 恋を知る前の自分は、どんな理由を付けて、ユランに会いに行っていたのだろうか。


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