07.印象って勝手に貼られたレッテルに似てる
出発すると呼ばれたのは、お茶の二杯目を頼む直前。片付けは留守番する者に任せて、マリンと共に部屋を出た。
車にはすでに両親と妹も乗り込んでおり、後はヴィオレットを待つのみだったらしい。
「それじゃあマリン、行ってくるわ」
「ご一緒出来ず残念ですが……お気を付けて」
「えぇ、ありがとう」
付いていきたいと視線が語るマリンに背を向けて、息苦しさを覚える移動手段に乗り込んだ。隣に座るのは血の繋がった父なのに、恐らく顔も知らぬ赤の他人の方がよっぽど呼吸がしやすかった事だろう。
出来る事なら自分もマリンが側に居てくれた方が頼もしかった。少なくとも現状の居心地の悪さは軽減されていたはず。
そんなヴィオレットの心中と裏腹に、走り出した車内の空気は楽しげなメアリージュンにつられて和やかだ。
「あぁ、ドキドキしてきました……っ」
「うふふ、楽しみねぇ」
柔らかな笑みを浮かべる二人は本当によく似ている。私が父にそっくりな点も含めて見れば、仲睦まじい両親に父に似た姉と母に似た妹。上部は美しく何の憂いもない幸せな四人家族の出来上がりだ。
エレファの若々しさのせいか、メアリージュンがこうして大人っぽく着飾っていると親子よりも姉妹に近い。
そんな二人を穏やかさと幸福を隠しもせずに微笑む父の横顔は、ヴィオレットが向けてほしいと望んでいた物の一つ。今となっては何一つ未練のない願望だが、何となく満足した気になるのは彼女達を別世界に見ているからだろうか。
(私の願いを叶えるのは私ではない……)
何度と無く感じ、前回では決して認められなかった事。今こんなにも平常な気持ちで見ていられるとは、悟りが開き過ぎている気がしなくもない。
あれほど……その命が消える事さえ望んだ相手に対してこれほど対極な感情を抱く事になろうとは思いもしなかったし、だからといって彼女の為に行動する気もないが、それでも確かに思う。
出来る事なら彼女が傷付かずに済めばいい、なんて。
近付くお城の影にはしゃぐ異母妹の姿に、そんな甘い考えがよぎった。
× × × ×
天気の良さを最大限に利用して、美しい青空の下開催されるお茶会は気候とリンクする様に穏やかだ。髪を乱す事はないが、ドレスの通気性に温度の上がる頬を撫でてく風が心地好い。
人の多さを感じさせない会場の広さはさすが、主催者の大きさを実感する。国民の心中がどうであろうと、一国の象徴足る血脈は偉大の一言だ。
大人は皆仕事の一貫として社交辞令を振り撒いているが、子供達は多少の愛想さえわきまえればする事などない。親の隣で笑うのは初めの内だけだ。
「ふぅ……」
ヴィオレットも、両親から離れた場所を見つけてようやく一息ついた。
今回のお茶会はヴァーハン家にとって新たに増えた正妻と娘の披露会だったせいか、父と二人の時よりも顔面に力が入っていた事だろう。
とはいえ、流石は貴族の当主を勤める方々。妻を失い時を開けずに出来た後妻にも、わずか一歳差の異母姉妹にも、大した疑問を持ってはいなかった様だ。何人かは自身も妾を持つ身であっただろうし、そうでなくとも貴族の恋愛事情に身を置いてきたが故の寛容さがある。
そして父自身も、ヴィオレットにとっては何の意味も価値もない父親だったが、貴族の当主としては格別に優秀だ。
新たに出来た妻や娘など、オールド・ロア・ヴァーハンという人物の存在そのものに比べれば石ころと同じ。ヴァーハン家の家庭事情など父の手腕一つあれば挽回出来る程度の事。
(分かっていた事だから構わないけど……)
その無関心さがあったから、父が母と結婚した時も大した問題も無くいられたのだ。あの父狂いの母が仕事の支障にならなかったはずがない。
そして今回も、父は貴族の無関心さに救われ愛した人を伴侶に迎える事が出来た。
ある意味、世間体だけを気にしていたが故に出来た行動だ。
「ヴィオちゃん、ここにいたんだね」
「っ……ユラン」
思考回路の迷宮に入り込んでいたヴィオレットの意識が引き戻される。一人を紛らわせる事に慣れすぎて、こういった場では一人の世界に入る習慣がついてしまっているせいだろう。堂々巡りに無意味な事を考えすぎるのは、ヴィオレットの悪い癖。
目を合わせない様に斜め下を向いていた視線を上げた先には、白いシャツの襟とリボンタイ、更に上げると鮮やかに輝く黄金の瞳。
高いヒールを履きこなすヴィオレットが真っ正面を向いても、首や鎖骨の辺りしか見えない程の長身は一人しかいない。
自分同様美しく着飾った姿は、彼の体格の良さと穏やかな表情を上手く引き出している。
「探したてたんだ。本当にヴィオちゃんは人気の無い所を見つけるのが上手いよねぇ」
「貴方だって、そんな私を簡単に見つけるじゃない」
「俺はヴィオちゃんを見つけるのが得意なだけだよ」
楽しげに笑うユランの手には自分用の飲み物の他に、デザートのテーブルを回って来たらしいお皿が。セレクトがヴィオレットの好みに合致しているのだっていつもの事。
居場所を見つける事に加え、好みの把握も完璧だ。
「はい、美味しそうなの一杯あったよ?」
「……ありがとう」
差し出された器に乗る、彩りの美しいお菓子達。手が汚れない事と、女性の締め付けられた腰を考慮した大きさ、男性のユランが食べるには少ないがヴィオレットには丁度良さそうだ。
つるりとした表面の丸いフォルムが冷たげなチョコレートを一つ摘まむ。指先の温度が伝わるよりも先に口の中へと放り込んだ。
「甘い……」
「ビターは持って来てないから安心して」
「ユランは食べないの?」
「ヴィオちゃん用に持って来たから、俺は食べられないんだよね」
甘い物を好むヴィオレットとは逆に、ユランはあまり甘味が得意ではない。はっきり嫌いと断言してもいいだろう。漂う香りは平気なのに口の中に広がる甘ったるさはどうも苦手なのだとか。ビターも後味の甘味がダメなのだという。
見た目だけならば、ユランの柔らかい雰囲気は甘党男子と言われても違和感の無い物だが。むしろ鋭い美しさを纏う自分の方が、ビターを口の中で転がし苦味を楽しみそうなのに。
実際はカフェオレも純粋に楽しめないほど、わずかな苦味でさえ顔をしかめてしまう甘党。
昔から何度と無く似合わないと言われ、克服しようとしたがどうにもならなかった。前回は必死に隠していたのだけど、今は公言もしないが隠す必要も無いだろう。
そういえば、ユランには昔からずっとバレていたっけ。
「全く……まず自分の分を持って来なさい。折角こんなに大きな催しなのに」
「それはヴィオちゃんもでしょ?俺が持って来なかったら何も食べる気なかったくせに」
「料理の回りって人が多いんだもの」
「だろうと思ったから持ってきたんです」
人が多い所元々苦手だが、今日に至っては下手に近付きたくない物が多すぎる。
最後は投獄された身と言えど、元々ヴィオレットはとても優秀な令嬢だ。メアリージュンとは違うタイプのカリスマ性もあり、人目を集めやすい変わりに見た目から勝手な理想を抱かれやすい。ひっそりと生きたい本人にとっては迷惑極まりない事だが、こればかりは自分の意思でどうにか出来るものでもない。
ので、初めから近付かないを選択したのだが。
「……それ、貸して」
「え?」
上に乗るお菓子を取れるようにと差し出されたそれをお皿ごと受け取って、パーティーを満喫する淑女の完成。
隠れる様に避けていた日の光へ、騒がしい中心へと向かうために一歩踏み出してからユランを振り返る。
「私だけ食べていたら恥ずかしいでしょう。ユランの分を取りに行くわよ」
本当はそんなこ事を気にする可愛らしい神経はしていないのだが、ユランはこうでも言わないと動かない。彼がヴィオレットをよく知る様に自分もまたユランの性格を理解しているのだ。
ヴィオレットが避けていると気付いていながら、自分の為に動かせるなんて考えもしない。ヴィオレットが自ら申し出た所でやんわりと断るのは目に見えている。
「……うん、ありがとう」
「料理、何があるのかしら」
「俺もちゃんと見てないんだ。デザートの所しか行ってないから」
これだけ大きな会場なのだから、恐らく用意されている料理もそれなりに豊富だろう。甘い物以外特に好き嫌いのないユランならば美味しく食べられる物も多そうだ。
会場を動き回るのはあまり喜ばしくない事ではあるものの、縮こまるのも違うだろう。折角自由を謳歌しようと決めたのだから、こうした場ももう少し楽しむべきだ。
正直、油断していたのだと思う。
前回の自分はこの場所で愚行に走った。感情に任せ理性を失ったといってもいい。自らの行いを恥、反省したからこそ大人しくしようとも思ったのだ。
そして自分の行いを覚えているからこそ、隙があったのだと思う。
自らの行いが愚行だったと一から十まで知っているならば、決して同じ行いはしない。自分自身が行わないと決めているのだから、これ以上の保証はないだろう、と。
それは正常な判断だ。自分にそのつもりがないのだから、警戒するだけ無駄だろう。無意味と言い切ってもいい。
ヴィオレットは正しい、正しい解答の上に行動をしている。
ただ一つ、ヴィオレットが迂闊だったのは、自らの影響力というものを甘く見ていた事。
「あなた、自分の立場を考えたらどうなの!?ヴィオレット様が可哀想……!!」
ヴィオレットという大義名分で行動する人間の可能性を、予想出来なかった事だろう。