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74.完璧な偶像


 完璧とは、人の想像から外れない事だと思う。


 綺麗、美しい、可愛い、素晴らしい、理想的だ。沢山の誉め言葉が、自分の中に募り積もって埋もれていく。

 本物の、自分の概念が、潰れていく。

 それが苦痛なのだと気付いた時には、降り積もった澱に足が沈んで身動きが取れなくなっていた。


 ロゼット──バラを連想させる自分の名前は、嫌いではない。

 ただ、花の様な人だと言われる事は、とても窮屈だった。


(やっぱり、今回も無い……)


 中等部の時も、高等部に上がってからも、新刊が入ったと聞く度に欠片の期待を抱いては落胆してきた。

 きっとどこよりも素晴らしい蔵書数を誇っている学園の図書館には、あらゆる分野の専門書まで確保されている。だからある意味では、ロゼットが所望する物も、あるにはある。同じ分野という意味では、素晴らしい専門書が用意されている。


 ただそれは、あくまで専門書。難しい研究結果や秘めたる可能性が細かな文字で綴られているそれを、趣味趣向への探求心だけで楽しめる者がどれほどいるのだろう。少なくともロゼットは、文章よりも絵が、絵よりも写真の方が好きだった。

 しかし残念な事に、ロゼットが愛する分野に関しては絵や写真よりも文字だけの説明が好まれるらしい。


「ロゼット様、何かお探しならお手伝いします!」

「ロゼット様がお読みになる物なら、私達も読んでみたいです」

「オススメなんかも知りたいですわ」


「ありがとう、皆様……でも大丈夫、新刊のチェックに来ただけなの」


 キラキラした視線を向けてくる人達は、ロゼットのオススメをすでに想像しているのだろう。彼女達の脳内になるロゼットならきっと、甘くときめく恋愛小説か美しい景色の写真集、仮に意外だと言われる物を選んだとしても、難解なミステリーといった所だろう。


「きゃぁっ!」

「ちょっと誰!?窓を開けたままにしていたのは!!」


 悲鳴が上がる。視線が向かう。声のした壁際の一角は、あっという間に人気がなくなっていた。開かれたままの本、ノート、そんな物の傍らにちょこんと居座る小さな生き物。

 大きさから見て、恐らくまだ子供のトカゲだ。

 四本の足でくねくねと歩いている姿は、何の害意を感じない。放っておいても、きっと何の影響もない様な小さな存在。


「どうしましょう……」

「今人を呼びましたわ」


 でもこの学園では、絶対に歓迎される事の無い存在。

 見つけたら即排除、退治される様な事にはならないけれど、だからといって受け入れられる事は無い。悲鳴と共に距離を取られ、大人を呼んで外へ逃がして貰うのを待つ。決して好意的ではなく、苦手意識、嫌悪感を抱いている者の方が圧倒的だ。

 要するに、あまり好かれる類いの存在ではない。

 それが、名の知れた令嬢ならば、尚更。


「ロゼット様、大丈夫ですか?」


「……えぇ、ありがとう」


 固まったロゼットに、心配と不安にくすんだ表情の生徒が声を掛けた。きっと彼女も、爬虫類という種類があまり得意ではないのだろう。そして当然の様に、ロゼットもそうだと思っている。そう思って、心配してる。

 人の気持ちを慮れる、優しい女の子なのだろう。自分だけでなく、人の気持ちも想像して気遣えるのは、素晴らしい長所だ。

 きっとロゼットが相手でなければ、その気遣いに痛みを覚える事もなかったはず。


「…………」


 知ったら、どんな顔をするのだろう。本当の自分を、ロゼットが何より愛好する物を、解き放ったらどんな目を向けられるのだろう。

 同じ気持ちをでいる事を前提にした優しさは、前提の覆った後でも変わらないのだろうか。


 答えを想像して……そっと、誰にも声を掛ける事なく、その場を離れた。



× × × ×



 始まりは、兄の影響だったと思う。

 二人の兄は、末の妹であるロゼットを可愛がった。幼い頃はどんな時も傍らに置きたがって、寝る時も、ご飯を食べる時も、遊ぶ時も、兄と両手を繋いで行動していた。

 遊び場が庭ではなく書庫だったのは、兄が妹を思いやったからだろう。王子とはいえ男の子である兄は兎も角、お姫様であるロゼットが泥だらけになって走り回る訳にもいかない。

 

 兄の声で聞く物語も好きだったけれど、子供の読むそれに更に幼い子供が飽きるのは早くて。元々大人しい質でもなかったロゼットの興味を引く為に、兄は書庫をひっくり返す勢いであらゆるジャンルを読んで聞かせた。可愛らしい絵本に始まり、甘酸っぱい恋愛小説、友情物やファンタジー、果ては詩集にまで広がって。


 兄が個人的に持っていた図鑑に手が伸びたのはいつだったか。

 そしてロゼットが、その中身に夢中になったのも。


 大きな写真に、箇所箇所の説明文。時にはグロテスクな見た目の物もあったけれど、可愛らしかったり、目を奪われる程美しかったり。自分で文字を読めるようになってからは、その生態にも興味を持って。

 三人で毎日顔を揃えて、一冊の図鑑に夢中になっていた……もしかしたら兄の方は、妹に付き合ってくれていただけかも知れないけれど。それでも一度だって、その姿を可笑しいと言われた事はない。

 咎められた事も、軽蔑された事も、落胆された事も、一度だってない。


 ただ自分の好きな物が──爬虫類を愛するお姫様は好まれないという事だけは、何となく気付いていた。



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