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52.天秤の傾く先

 穏やかで優しくて、笑顔が柔らかい好青年。

 きっと多くの人間はユランに対してそういった印象を抱くのだろう。 内面を知っているミラニアでもたまに騙されてしまうくらい、ユランの外面は良く出来ているし、彼自身自分をよく分かっている。

 きっとクローディアの親友という位置にいなければ、ミラニアはユランの本性を知らずにいた。


 そんな男が今、何の感情も窺い知れない無表情を貫いているのだから、機嫌は最高潮に悪いらしい。

 昔はもう少し自分にも取り繕っていた様に思うのだが……昔と言っても、ユランが中等部に上がる辺りの話だ。


「随分と雑になったよなぁ……」


「何がです。考え事してないで、迅速に行動して頂けますか」


「君、俺相手にも猫被らなくなったね」


 クローディア相手に厳しい態度を取るのは、理由を知っているので口出ししない。それは当人同士で何とかすべき事だ。王子相手には誉められない事だとして、クローディア本人が咎めなければ周囲は何も出来ない。

 何よりユランは周りに感付かれる様なヘマはしない。ミラニアやギアに気付かれた事だって、それが不利にならないと分かった上で、例え知ってもミラニア達が口を挟まない言い触らさない事を理解しているか。その証拠に、ユランがクローディアを“嫌厭”している事実に気付いている人は一握りだ。二人の関係自体は周知の事実なので、何となく気まずいくらいの認識は各々しているらしいけれど、その程度。

 実際は奈落の様な溝によって分断されているのだと、想像もしていない。


「貴方に愛想良くして、ヴィオちゃんに何か益あります?」


 怪訝なんてもんじゃない。ゴミか害虫を見るような、蔑みといっても間違いではない、冷ややか通り越して凍えそうな視線がミラニアに突き刺さる。

 身長差もあって、完全に見下されている図だ。人によっては背筋を震わせ動けなくなってもおかしくないくらいに、穏やかさの欠片もない。

 ただミラニアにとっては苦笑いで対応出来るレベルだけれど。それは迫力云々ではなく、ユランの発言があまりにも彼らしくて。


「そこでヴィオレット嬢が出てくる所とか、ほんと変わらないなぁ」


 普通なら、自分の益になるかどうかが重要なのではなかろうか。それが真っ先にヴィオレットの益を口にする辺り、ユランの最優先事項は出会った当初から何一つ変わっていないらしい。

 実際ユランは、例え数パーセントのでもヴィオレットの利益になる可能性があるなら、自分にとって無価値かそれ以下の相手であろうと笑顔で対応するだろう。


 ヴィオレットの名を出した事が神経に触ったのか、険しい顔が更に厳しさを増す。

 名前だけでこれなら、彼女の悪口を言ったら最後、骨も残らず塵にされそうだが、意外な事にユランはその辺りに寛大だ。ヴィオレットの耳に届かなければ、が付くけれど。事実無根な罵詈雑言であっても、ヴィオレットが聞かなければ無罪放免。逆にヴィオレットの耳に届いてしまえば、それがどんなに稚拙で低レベルな子供の悪口であっても許されない。


「雑談を続けるだけなら俺は先に戻りますけど。ヴィオちゃんに言われたから貴方の思惑に乗って差し上げましたが、本当なら貴方に付き合う義理はありませんので」


 きっぱりと言い切られ、その徹底ぶりはいっそ清々しいほどだ。

 ユランにとってヴィオレットがどれほど大切な相手なのかを再確認して、だからこそ疑問がある。


「そんなに大切な相手を、よくクローディアに近付けようと思ったよね。君はあいつに、一切の好意も信頼も持っていなかったと思うけど」


 かなり言葉を選んだが、要するにユランはクローディアが大っ嫌いだったはずだと言いたいのだ。それこそ、嫌悪を通り越して憎悪しそうな勢いで。

 そんな相手に、溺愛し尽くしているヴィオレットを近付けるなんて、どういう風の吹き回しなのか。


 大切な人を、自分の嫌いな相手に近付けるなんて行為、ヴィオレットへの愛が振り切れているユランの行動とは思えない。


「関係ありません」


 それは、ミラニアに説明する意味はないという意味ではなく。


「俺の気持ちより、ヴィオちゃんの憂いを解消する方がずっと重要だ」


 優先すべきは、己の気持ちよりヴィオレットの利益。彼女と天秤にかけて、ヴィオレットより重い物などユランの世界には存在しない。


 確かにユランがクローディアに抱く想いは複雑怪奇だが、それがどうした。そんな物ヴィオレットの前に出れば有象無象と同じ。


「優先すべきはヴィオちゃんのテスト対策であって、一番適していたのが彼だったというだけです。それ意外の理由は必要ありません」


 分かったならさっさと歩け、とでも言いたげな目線がミラニアを貫く。歩調が早くなった様に思うのも気のせいではないだろう。

 背を向けて先を行ってしまったユランに、ミラニアは無意識に体に入っていた力を抜く様に息を吐いた。呆れと、その想いの大きさに尊敬に似た気持ちが渦巻く内心をどう表したものか。複雑、としか言いようがない気もする。


 先を歩くユランの唇が動いた事には、気付く事はない。 


「俺はもう、あいつに彼女を譲るなんて愚を犯す気はない」


 忌々しいと、ありったけの憎しみがこもった声は、低く、誰の耳にも届かずに地に落ちた。

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