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51.君の言葉なら

 目の前に広がった光景を現実と受け入れるまでに、これほど時間がかかる事もそうないだろう。予想外過ぎてどうするべきか未だに反応に迷う、流されている感じも否めない。

 別に何か問題ある事でもないので潔く受け入れてしまえばいいだけなのだが……ユランの心情を思うと素直に受け入れるだけというのも問題ある気がしてならない。

 正直自分がどうかというより、ユランの内心がどうなっているのかが心配なのだ。自分の為に無理をしているのではないか……と。

 問題を解きながら横目に見る表情はいつもと変わらず、真剣にヴィオレットが貸した過去問題を解いている。


(気にしすぎ、かしら……)


 ユランが自らの意思で行動した所に、ヴィオレットが介入する意味はない。それが誰のためであっても、それを選択したのはユラン自身なのだから。

 自分は少々幼馴染み相手に過保護過ぎるかもしれないと反省する。小さく幼かったあの頃とは違い、ユランはもうヴィオレットの背を超し大きく成長している。可愛らしい男の子から、頼りになる男性へ、そんなユランをいつまでも子供の様に構うのは失礼だ。

 ヴィオレットよりもユランの方が何十倍も過保護なのだけれど、見えない所で牽制する羊の皮を被った狼は、気付かれる様なヘマをしない。


「ヴィオレット、そこ間違ってる」


「えっ?あ……ど、どこですか?」


「ほらここ、表現が分かりづらくて勘違いしやすいんだ」


「……本当だ」


「これは担当の癖なんだ。多分今年もそうだろうから、注意した方がいい」


「はい、ありがとうございます」


 意外……と言っては失礼かもしれないけれど、クローディアの教え方はとても分かりやすい。

 解き方だけでなく問題の出し方、作り手側の癖まで読み取って説明してくれる。ユランの前では緊張で空回っている事が多いけれど、元々の能力は驚くほど優秀な人間なのだと再確認した。

 一番意外だったのはクローディアがヴィオレット相手にこうして懇切丁寧に対応している事だろうか。以前に比べれば随分と二人の間に流れる空気は柔らかいけれど、それがイコール信用されたとか許されたとかではないと、ヴィオレットはきちんと自覚している。

 互いに距離感を図りかね、遠ざかろうにも近付こうにも身動きが取りづらいのが現状。

 今日も引き受けたからには真剣にやってくれるだろうとはクローディアの性格上想像出来たけれど、もう少し事務的な感じになるだろうと思っていたのだが……まさかこんな和やかな雰囲気になるとは。

 予想外に予想外が重なって、最早認識困難で色々戸惑う。


「ヴィオちゃん、疲れた?大丈夫?」


「えっ?」


「少し、休憩にしようか」


 パタンと音を立てて手にしていた本を閉じたミラニアはクローディアと目を合わせて、何か通じ合ったらしい二人は言葉なく頷き合う。

 クローディアの隣から立ち上がったミラニアは片手に何冊もの本を抱えて、クローディア……ではなく、何故かユランの肩に手を添える。何事か分からず訝しげな表情をするユランとは対照的に、心情の読めない笑顔を崩さない。


「ユラン、少し手伝ってくれる?」


「は……?」


「図書室に行くついでに何か買って来ようと思って。ヴィオレット嬢に荷物を持たせる訳にはいかないし、君達だけをこの部屋に残す訳にもいかないからさ」


 生徒会所持のこのサロンは、役員と共にでなければ使えない。お手洗いに行く程度であれば問題なくとも、図書室に行って寄り道をしいて戻ってくるとなるとその範囲ないではないだろう。

 女性であるヴィオレット、この部屋に残るべきクローディアを外せば、残りはユラン一人になる。


「彼女の好みは、俺よりも君の方が把握しているだろうし……ね」


「……」


 一瞬、鋭い眼光がミラニアを突き刺す。それを余裕の笑みで受け流したミラニアに、募ったのは悔しさだった。

 腰の重いユランを急かすでもなく、ただ待つだけの姿勢を崩さないミラニアに、落ち着かないのは見ている方。特にクローディアにとって、ユランの機嫌は自分に対した物でなくとも無視出来ない代物だ。

 うっすら漂い始めた不穏な空気を取り払う様に、艶やかな声が転がった。


「行ってくるといいわ、ユラン」


「ヴィオちゃん……」


「外の空気を吸うのも良い気分転換よ」


「……うん、分かった」


 ヴィオレットの言葉に、さっきまでの硬質な空気が霧散する。まるで初めからそんなもの無かったかの様に。ミラニアが見た眉間の皺が幻だったのかとさえ思う、最早二重人格の域だ。


「それじゃ、行きましょうか」


「あぁ……二人も、ちゃんと休憩してるんだよ?」


「分かっている」


「行ってらっしゃいませ」


 見送りの視線がユランから外れ、パタンと扉が閉まる瞬間。

 ユランの顔から一切の表情が消えた事に、ヴィオレットは気が付かなかった。

 

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