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45.大義名分が通用する条件

 生徒会の手伝いが終わったのは、結局暗くなってからだった。

 どうやら相当集中していたらしく、ミラニアが戻って来た時に新しく用意してもらった紅茶はすでに冷めきっていた。申し訳なかったので最後に急いで消費したけれど、淹れ立てには及ばずとも充分に美味しい。


「こんな時間まで付き合わせて申し訳ない」


「暗くなっちゃったね……でも、おかげで凄く助かったよ」


「いいえ、お役に立てたなら何よりです」


 仕事を終わらせた二人は、肩の力が抜けている様に見えた。というより、疲れて力が入らないという方が正しいか。

 それでも二人の前にはまだ片付いていない仕事があり、ヴィオレットに付き合って手を止めてくれているだけだが。


「後はこっちで確認して置くから、もう帰ってもらって大丈夫だよ。迎えは……」


「校門の所に来ているかと」


「そっか、なら良かった。暗いしそこまで送るよ」


 とんとん、と手にしていた書類の角を揃えると、手にしていた万年筆を重石に置いてから立ち上がる。

 ミラニアの行動が予想外だったヴィオレットに対し、クローディアはさも当然の様に何も言わず、それどころかすでに仕事モードに入ってる。

 ナチュラルに「行ってきます」と言葉を残してヴィオレットをエスコートしようとするミラニアの手に、漸く現状を正しく飲み込めた。


「いえ、あの、校門までなんてすぐですし……」


 歩いて数分、確かにこの学園は無駄に広いが、だからといってわざわざ送って貰う様な距離でもない。 

 何より、そんな待遇を与える様な間柄ではないはずだ。猫の手も借りたい状況であった事は把握しているし、だからこそヴィオレットであろうと背に腹はかえられなかったと理解している。

 まさか、安全地帯である学園内に置いて見送りをしてもらえるなんて、誰が想像するだろう。ましてや、彼らはまだ仕事が残っているのだ。自分に使うその労力をより早期の帰宅に役立てていただきたい。


「ここは玄関から校門までそれなりに距離もある。用心に越した事はないよ」


「それは、そうですけれど……」


 学園のセキュリティは強固だが、それがイコール万全かと言われると頷き難い。外からの攻撃には滅法強い事は確かだが、身内に敵がいたとなれば話は変わる。外では金持ち学校と一括りにされているが、覗けばそこは身分と派閥のごった煮だ。恋慕や下心の絡む変質者ならまだ分かりやすいくらい、警戒心は持っていて損はない。


「聞いておけ、ヴィオレット。今まで付き合わせた側として、俺達が勝手に安心したいだけだ」


「そういう事。断られたら俺ヴィオレット嬢の後ろ付いてくしか出来ないし、出来ればそんなストーカーみたいな真似はしたくない」


 それがヴィオレットを納得させたいが為のものである事くらい簡単に察する事が出来た。これ以上の押し問答は悪戯に時間を消費するだけで、あまりに生産性がない。

 自分の為に人を動かすのには抵抗があるヴィオレットだが、それ以上に迷惑をかけたくはないのだ。


「……では、お願いできますか?」


「勿論」


 おずおずと、まるでヴィオレットから頼んでいるかの様に、二人の反応を伺っているのがよく分かる。

 それに満面の笑みで答えたミラニアは然り気無くヴィオレットの荷物を手に取って、一見腰に手を添えている様に見えるが、実は指一本分触れていないのはミラニアとヴィオレットだけが知る所だ。

 こういった気遣いがあるから、この人はモテるのだろうと、場違いにもミラニアの顔を眺めてしまった。視線に気付いたミラニアと目が合ったけど、何も言わずに微笑まれた。優男とはこういった人の事を言うのだろう。向けられている張本人のくせに完全に他人事だが。


 サロンを出る直前、背後から声がかかって足を止めた。


「ヴィオレット」


「はい」


「今日は突然済まなかった……ありがとう」


「え……」


 すぐにそっぽを向いてしまったが、明るい室内で白い肌が赤く染まるのはよく分かる。クローディアの耳が、真っ赤になっている所も。

 今日はよく驚く日だと、冷静さを失わない頭の片隅で思った。予想外の事ばかりだが、こんな一日も悪くない。


「……こちらこそ、ありがとうございました」


 ヴィオレットの顔色を正しく判断して、ここに呼んでくれたのはクローディアだ。

 クローディアにとっては猫の手同等の価値であったとしても、ヴィオレットにとっては苦痛から遠ざけてくれる蜘蛛の糸にさえ思えたのだ。

 お礼を言うのは、こちらの方。


 何故お礼を言われているのか分からないクローディアに頭を下げて、ヴィオレットは部屋を出た。



× × × ×



 コツコツコツ。カツカツカツ。

 重さの違う足音が響く廊下は静かで、まるで校内には誰もいないのではという錯覚さえ覚える。勿論そんなはずはないし、少なくともクローディアはまだサロンに残っている。ただそれでも、その広さのせいで声のみならず気配さえも遠い。 恐らく探せば給仕の人だっているはずなのだけど。

 会話の無い空間に感じる気まずさは、この二人で仲良く話す労力に比べれば幾らかマシだと、ヴィオレットだけでなくミラニアも判断したのだろう。

 速度を合わせてはいても、歩幅の違いからどうしてもミラニアが先導する様な形になる。斜め後ろを付いていくヴィオレットは、ただ前を見て出来るだけ無心になる様に。

 正直ミラニアと二人っきりはクローディアとは別の意味で緊張するものがある。


 彼にとって、自分は親友を苦しめる身勝手な令嬢。その恋心の末路がどうであったか等しる由もない。クローディアは感付いている様だが、いくら親友といえどわざわざ他人に人の恋愛事情をペラペラ喋る人ではないだろう。

 何よりヴィオレットはクローディアに告白した訳でも、フラれた訳でもない。


 ただひたすら、無言で歩き続ける事数分。


 校門に近付き、暗い空の下でも明るさを失わないそこに止まる車が見えて、漸く肩の力が抜ける。正直この緊張状態はあまり続かれると困るのだ、ギスギスというほどではないにしても、重力以上に重い何かが乗っかっている気になる。


「あの、もうここで大丈夫ですよ」


「迎えの車?」


「はい」


「じゃあ、俺は戻るよ。気を付けて帰ってね」


 荷物を受け取って、ヒラヒラと手を振るミラニアに頭を下げて背を向けた。

 帰宅するのは気が重いが、このままミラニアと一緒にいるのもそれなりに嫌だ。一日の内で一番安心出来るのはもしかしたら登下校の車の中かもしれない。


(遅くなった事、突っ込まれなきゃいいけど)


 生徒会の手伝いをしていたという名分があるにしろ、余計な事は言いたくない。ただでさえクローディアとメアリージュンは面識があるのだ。

 とはいえ、両親が自主的に自分の動向に興味を持つ事はないだろう。帰宅が普段より遅かろうと、仮に家に帰っていなかろうと、きっと気付く事さえないのだ。それはこちらも同様だから文句はないけれど、もしメアリージュンが余計な心配でもしていたら言い訳をさせられてしまう。

 家族の中で唯一ヴィオレットを気にかけ、団欒の輪に組み込んでくれるメアリージュンだが、その優しさを正しく受け取れない。それはヴィオレットのせいでも、ましてやメアリージュンのせいでもな、強いて言えば環境が悪い。


 ゆっくりと流れ始める景色に目をやり、帰宅した後の想定を巡らせて、運転手にも気付かれない様に小さなため息をついた。



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