02.極端が致命的
王立タンザナイト学園。
十二歳から十八歳までの王族貴族、一定以上の財力を持つ平民が集う、 世界有数のお金持ち学校。
平民が通う物とは違い、学問だけではなくあらゆる専門知識や礼儀作法にも力を入れている。子息令嬢に必要な知識を網羅していると考えて貰えれば正しいだろう。
ヴィオレットは学園の高等部二年に属している。卒業までは後約二年。
そして新たに貴族の一員となったメアリージュンもこの学園に通う事になる。ヴィオレットの一つ歳下である為、高等部一年への転入だ。
貴族の中でも高い地位にいるヴァーハン家に加わったメアリージュンに、学園中の注目が集まったのは言うまでもない。
「あ……ごきげんよう、ヴィオレット様」
「ごきげんよう」
朝から、ヴィオレットの周りはまるで一定以上立ち入り禁止であるかの様だ。挨拶を済ませると皆が蜘蛛の子のよろしく散っていく。
メアリージュンの存在はあっという間に噂になっており、転入が何を意味するのか分からない程皆鈍くはない。いくら妾の存在が問題ないと言えど、それは大人の世界での話。まだ十代の学生にとっては気にせず笑うにも気を使うにも扱いに困る。
腫れ物に触る様な扱いに、かつてのヴィオレットは思う存分悲劇のヒロインに浸っていたのだが。
(二度目ともなると案外平気なものね)
遠巻きにチラチラと視線を寄越すクラスメイトに思うのは、気を使わせて申し訳ないという事くらいだろうか。だからといって、大丈夫よ気にしないで、なんて朗らかに笑うようなキャラでもないのでどうしようもないが。
母の望みで幼少気を男の子として過ごしたせいか、ヴィオレットの令嬢としての教育は他と比べて随分遅れている。
本人の努力で周囲には完璧な公爵家令嬢に写っているが、それでもいつボロが出るか気が気ではない。その不安からクラスメイトとも距離を取り、心を許せる友人も数少ない。
ヴィオレットの家柄を慕う者は多いが、そんな相手に心を開けばあっという間に土足で踏みにじられてしまう。
それも、かつての経験から学んだ事。
(つまらないわ)
時間潰しに本を持ってきては見たが、形だけの読書というのは思いの外疲れる。
読書が嫌いというわけではないが、これまた幼少期の影響でヴィオレットは元々外で遊ぶ事の方が好きなのだ。
愛されたいがためそんな自分を圧し殺し、必死に良い子で、素晴らしい令嬢である様努めてきた。
(……あぁでも、もうその必要もないのよね)
愛される事も大切にされる事も放棄した。最早必死に取り繕うだけの意味はない。取り繕ったって、愛しては貰えなかったのだから。
ならば、もう良いのではないか。
嘘偽りだらけのヴィオレットを、捨てたところで誰が困る。一度目の自分ならばしがみついて離さなかっただろうけど、今のヴィオレットには不必要。
この人生は、メアリージュンへの贖罪。
彼女の幸せを邪魔しないように生きる、それが唯一にして最大の目的だ。
つまり、それ以外はヴィオレットの好きにすべき事。
良い子でなくても、完璧でなくとも、好きでもない読書をせずに外を駆け回ったって、誰にも文句を言う権利はない。
メアリージュンの邪魔にさえならななければ、悪評が立たない程度ならば、ヴィオレットが自分らしく生きたって良いじゃないか。
(それに、どうせ誰も私を見ていない)
父も母も、愛した彼も、ヴィオレットを見てはくれなかった。だからこそヴィオレットは悪魔に魂を売ってでもその視線を欲したのだから。
だがしかし、今回ばかりはそれこそが幸いだ。
誰も見ていない、誰も気にしない。それは平凡に地味に、目立たず生きたいヴィオレットにとっては最高の待遇。
「……よし、そうしましょう」
無意識に独り言を呟くヴィオレットに、隣から向けられる視線は驚いた後心配に憐れみを加えたものだった。やはり突然現れた妾の子に心を病んでおり、おかしくなってしまったのかと。
幸か不幸か、周りの目を全く気にしなくなった……経験から来る思い込みから恐ろしく鈍感になったヴィオレットには、その気持ちどころか視線が向けられている事さえも気付く事は出来なかった。