22.正しいの種類
「何、って……」
意味が分からないと、口角が笑顔のまま動きが止まる。不安げに揺れ始めた視線が言葉の意味を探しては見つけられず、どんどんと眉が下がっていった。
「先程の話、少し耳に入って来たわ。貴方の対応もね」
「……?」
何が言いたいのか、欠片も気が付いていないといった顔だ。きょとんと首を傾げ、自分がこれから言われる事の予想は塵ほどもないのだろう。
こちらを真っ直ぐに見つめる目は、クローディアとよく似ていた。
自らの正義に基づいた行動に僅かな不安も抱いていない所、まるで子供の様に純粋で単純で、立場さえ違えば誉め称えられるべき性格は正しく善の人柄だ。
優しい両親の正しい愛情の元、一人の人間として育てられたのだろう。
一人の貴族、令嬢としてではなく。
「今後は、あの様な言動は慎みなさい」
「え……何で、お姉様……そんなっ」
「貴方はもう貴族なの。誰に何を言われようと毅然とした対応をなさい」
「お姉様まで、身分を持ち出すんですか……そんなの可笑し」
「可笑しくないわ」
噛み付こうと牙を見せる前に叩き折る。はっきりとした口調で、断言して見せた。
これから話す事は、彼女がこの先身に付けなければならない技術。価値観や人格がどうであれ、表面上では笑って受け流す為に。
例え妾の子であっても、メアリージュンに流れる血は間違いなく公爵家の物。ヴィオレットに継ぐ意思がない以上ヴァーハンの家はメアリージュンの物になる。それを踏まえた上で、彼女にはこれ以上平民気分でいてもらっては困るのだ。
貴族として平民の気持ちが分かる事と、平民の立場に降りて平民の気持ちに共感する事では訳が違う。前者なら素晴らしい能力だが、後者は夢見がちな世間知らずでしかない。
「身の丈を知りなさい、メアリージュン。貴方はもうヴァーハン家の令嬢、一挙手一投足に責任が生じる立場になったのだと、弁えなさい」
自分の言葉をメアリージュンが理解するかは分からない。反発される可能性だって大きいし、下手を打てばさっきの令嬢達と同類に見なされる。
平民から見た身分差と、貴族が持つべき身分への分別は本来全くの別物なのに。
「弁えるって、何ですか……あんな事を言う相手にも笑って答える事が貴族として弁えるって事なんですか……!」
叫ぶ声の悲痛さが、かつての記憶呼び起こす。傷付けるつもりで放った攻撃よりも、理解してほしいが故の説得がはね除けられる方がダメージが大きい。
ここでメアリージュンの理解を得られなければ、彼女はまた必ず同じ事態に出くわすだろう。その度に庇ってあげるほどの感情は、正直自分にはない。
ヴィオレットにとってメアリージュンは贖罪を誓いはしても、過保護になってあげる妹ではないのだ。
だからこそ、メアリージュン自身に変わって貰うしかない。貴族になってもらうしか、解決策はないのだから。
「もしそうなら、お姉様も間違っています!」
どうか気付いてと言わんばかりに、必死の表情でヴィオレットに訴えるメアリージュンは、やはり真実善人だ。人に寄り添い、悪を正し、間違いを許す。誰にでも出来る事ではなく、同じ父を持ちながらこうも正反対に育つものかと目眩がした。
その真っ直ぐさには、何の責任も乗っていない。今までメアリージュンが振るってきた無責任の正義では、いつか貴族という世界に潰されるだろう。
「確かに……貴方は正しいわ、メアリージュン」
ヴィオレットの言葉に、笑顔が浮かぶ。自分の想いが通じたのだと、正義が勝つ瞬間に湧く子供の様に。
キラキラキラ、霞む事なく輝く笑顔に写っている世界がどんなに美しいのかヴィオレットには一生分からない。
メアリージュンは、正しい。それを肯定する気持ちに嘘はないけれど。
「──では、貴方と相容れない物は悪かしら?」
正義が唯一無二だと、誰も決めてはいないのだ。




