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21.放置を学んで頂きたい

 朝の溌剌とした印象とはまるで違う、泣きそうに震えた弱い声。 気丈に振る舞っても恐怖と屈辱は隠しきれていなかった。


「貴方達に何が分かるんですか、何を知っているんですか……!」


 自らを奮い起たせ、立ち向かう姿は凛々しく見えるだろう。

 沢山の敵を前にしても折れない心、傷付いてもなお真っ直ぐに前だけを見つめる姿は小説に出てくるヒロインを彷彿とさせる。


「一人を取り囲んで、恥ずかしいのはそっちだわ!」


「なんですって……貴方、自分の立場を分かっているの……!?」


「生まれも身分も関係ない、そんな事で人を判断するなんて心が貧しい証拠じゃない!」


 ヒートアップする争いに、頭を抱えたくなった。

 どうやら今回はヴィオレットを盲信する信者の暴走ではない様で、その一点には安心した。


(最悪……)


 ヴィオレットの頭を痛めたのはそっちではなく、応戦したメアリージュンの方にある。

 罵倒された、攻撃された、謂れのない中傷を受けた。それが喧嘩に発展するのは当然だ。相手が自分を傷付けに来たなら、受けて立つ事に問題はないだろう。喧嘩両成敗なんて言葉は後から当て嵌めるだけで、その時傷付けられた事実をうやむやに圧し殺す必要はない。


 しかしそれは、メアリージュンが貴族でなかったらの話。


 つい最近までヴァーハン家の名を持っていなかったメアリージュンが持つ常識は、平民の常識だ。身分なんて関係ないと言ってしまえる単純さがそれを何より物語っている。

 偏見や差別は、確かに『いけない事』だ。自分ではどうにもならない部分を嘲り蔑めばそれは確かに心が貧しく醜いと言える。

 しかし、生まれや身分で人を判断する事は、貴族にとって持っていなければならないスキルの一つ。決して、関係ないの一言で済ませていい話ではない。


「間違っているのは、貴方達だわ!!」


 高らかに、自らの正しさを主張する。 ただの高校生であれば、彼女がヴァーハンの名を持っていなければ、彼女は正義のヒロインになれただろう。怯えながらも自分の意思を確り持っているいい子で幕を閉じられた。

 もう、メアリージュンはただの女の子ではない。


「何を、しているの」


「お姉様……!?」


 これ以上メアリージュンが正義を振りかざす前にこの場を納めなくては、その思いで前に出る。

 メアリージュンを取り囲んでいた人数は五人。前も似たような物だったが、どちらにしろ見覚えがなくて安心する。

 しかし向こうは、ヴィオレットを見て顔色が変わった。多少は問題行動をしている自覚があるらしい。


「ヴィオレット、様……あの、これは」


「我がヴァーハン家に、何か意見がお有りなのかしら?」


「ぁ……っ」


 前に組んでいた手をほどき、頬に指を添える。演技めいたわざとらしい動作だが、その方がより感情を波立たせる事が出来るとヴィオレットは知っていた。

 人形のような作り物の美しさを体現するには、少し大袈裟で、不自然なくらいの方がいい。

 暖かい生身よりも、血の通わぬ偽物の方が迫力がある。美しいならば尚更。微笑みは要らない、怒りも不要。ただ、無の感情で質問すればそれは実体のない脅迫に近い。


「我が家の問題には様々な意見があるでしょうけれど……ご心配には及ばなくてよ」


 ゆっくりと近付いて、メアリージュンを背に庇う……庇っている様に見える。女性の中ではそれなりに身長のあるヴィオレットが被れば、メアリージュンの姿は令嬢達の視線から強制的に外される。

 見えるのは、自分達に向かうヴィオレットの無表情。表情がないというより、表情に感情がない。真顔ともまた違う、瞬きも出来ない作り物を前にしているかのような違和感が漂っている。


「彼女はヴァーハン公爵家の血を引く、ヴァーハン家の娘メアリージュン。彼女の生まれも身分も、私が保証するわ」


 ゆっくりと、誰にでも分かるように、メアリージュンの存在を彼女達の中で合法化する。人のお家事情に他人が口出しするなと言えれば楽だが、それが出来れば苦労はしないのだ。

 黙認されているとはいえ、ヴァーハン家の場合あまり歓迎される事例ではない。ヴィオレットが人の感情を善くも悪くも左右してしまう存在であった事も一つの原因ではあるが、元を正せば父の認識の甘さが全ての切っ掛けだ。

 何にせよ、ヴィオレットにとっては相手が父であれ赤の他人であれ、放っておいてくれればそれに勝る幸せはないのに。皆勝手に、余計な事をしてくれる。


「で、ですがヴィオレット様、その女は……っ」


「私の話は聞こえなかったのかしら?」


「っ、も、申し訳ありません……!」


 一人の女の子が前に出て、ヴィオレットにすがろうとする言葉をはね除けた。取り付く暇など与えない、これ以上関わる事は許さないと、暗に含ませて首を傾げれば彼女は真っ青になって頭を垂れた。

 そこまで脅かす気はなかったのだが……釘は甘く打っても効力がない。出来るだけ強く、徹底的に、再び向かってくる威力を削いでおかなければ。


「では、話は終わりという事で構わなくて?」


「は、はい……っ」


 力が抜けた様にふらふらと、いっそ這った方が早いのではないかと思う動きで一人二人と去っていく。最後の一人の背が見えなくなって、ようやくヴィオレットは背後を振り返った。

 

「お姉様……助けてくれてありがとうございますっ」


 今にも抱き付いて来そうな勢いで、両手を組んだメアリージュンの顔が目の前に近付いた。神への祈りが届いたかの様に、感謝からくる幸福を顔一杯に浮かべて。

 人が護りたいと願うのは、こういう相手なのだろう。小さく震えていた姿とは裏腹に、体全体で嬉しいと表現してくれる。愛らしいという言葉があまりにもよく似合う女の子。

 ヴィオレットが自分の事を助けてくれた、護ってくれたと信じて疑わないその視線に罪悪感が募るけど。ここで見逃せばメアリージュンは必ずまた繰り返す。


「メアリージュン」


「はい、お姉様!」


「私は貴方にも聞いたつもりでしてよ」


「へ……?」


「貴方は、一体何をしているの」

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