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変化した様でしていない生活の話

「シスイさん、この荷物どこに置きましょうか」

「あー、それは俺の家持ってくやつだな」

「新作の研究用ですか? 消費もちゃんと考えて下さいね」

「暫くまかないはバゲットサンドな」


 大きな木箱を抱えたマリンがキッチンに入ると、コックコートを着たシスイが火の前に立ち鉄鍋を振っていた。昼食の時間が差し迫ってはいるが、恐らく朝食を作り終えた後もずっとここに居たのだろう。一食後とは思えない野菜くずが山を作っているのが見える。

 

「悪いな、重いだろ」

「大丈夫です。お家に置いてきましょうか?」

「いや、そこに置いといてくれたら持って帰る」


 ヴィオレットと共にユランの個人邸宅へと移り住み、空っぽだった屋敷もすっかり賑やかになった。マリンは希望通りヴィオレットの私室の隣に部屋を貰い、日々仕事に打ち込んでいる。

 それはシスイも同じで、ユランが好きにしろと丸投げしてくれたおかげで己の好きな様にカスタマイズしたキッチンは、これ以上ない職場であろう。実際に毎日、一日中、キッチンに入り浸り、隣にあるはずの自室へ戻らなさ過ぎてベッドに埃が積もる程だった。

 趣味と実益を兼ねた料理研究の道具でシスイの自室が溢れかえりそうになったのは、住み始めてひと月経った頃だったか。見かねたユランがシスイ用の一軒家を与えると言った時は、流石のシスイも驚いていた。今では広い庭に窯を作ったりと、それはもう好き勝手に活用している。与えるユランもだが、シスイの順応性も大概だ。


「最近また熱心にレシピを考えてますね。ヴィオレット様が、自分の食育をしていた頃みたいだと言っていましたよ」

「あぁ……そんな事もあったな。結局食育になんなかったけど」


 若い頃のシスイは自分の料理に自信を持ち過ぎて傲慢に振舞う所があった。今でも己の腕に自信はあるし、あの頃だって決して過信していた訳ではないが。吐きそうな顔で己の料理を口に運ぶヴィオレットは、シスイの矜持を圧し折るに充分で。シスイが『作った料理』ではなく、『料理人である事』を大切にし出したのは、その時からだった様に思う。


「無理矢理食わせるのは愛情じゃなくて虐待だって、見てて思い知っただけだ」

「……ヴィオレット様は、シスイさんがいてくれて良かったと言っておりました」

「なら良かったよ。正直、俺もどうすりゃいいのか分からなかった」


 ヴィオレットが食べられる物をと色々作りはしたが、実際シスイがしていたのは手当たり次第に試していただけだ。下手な鉄砲でも数を撃てば何とかなると、我武者羅に撃ちまくっただけ。幸い彼女の好きな物も見つかったが、もし逆効果になっていたらと思うとゾッとする。


「それで、今回はどんな物を作りたいんですか? シーナのレシピは一通り試したんですよね」

「片手で食べられる物のレパートリーを増やそうと思ってな」


 シスイの後ろに持っていた箱を下ろすと、肩越しにスプーンが差し出された。ん、と何の説明もないそれを口に入れると強い酸味を感じて、シスイの手元を見ると赤い米が美味しそうな香りを漂わせている。

 どうやらマリンが食べたのはチキンライスだったらしい。という事は、今日の昼食はオムライスか。


「……いつもと少し味が違いますね」

「坊ちゃん用だからな」

「味付けを変えるんですか?」


 基本的にこの家の食事はヴィオレット合わせで、ユランがそれに意を唱えた事はない。そもそもユランが出した指示なのだから当然だ。一応彼が苦手とする甘めの味付けは避けているけれど、それもスイーツでなければ特に気にしないと言われている。


「坊ちゃんは何でも残さず食ってくれるが、何にも美味そうにしないんだよ」

「……そうですね」


 ユランを見ているとチラつく、真っ青な少女の顔。不味いとそっぽを向かれた方がマシだと思う日が来るなんて、夢にも思っていなかった。


「一先ず、選ぶんだったらこれ、くらいにはしたくてな」

「それで色んな味を試してるんですね」

「厳しい審査員に挑むのは腕が鳴る。特に坊ちゃんは言葉を選ばない人だから、試すには最高」

「雇い主にその言い草が出来るのはシスイさんくらいですよ」

「寛大な主で働き易い」


 話しながらも手は止まる事なく、あっという間にふわトロオムライスの完成だ。綺麗に盛り付けられ、当然の様にマリンの目の前へ。


「ユラン様の分では?」

「味付けの試作。本番は今からお嬢様の分と同時進行で作る」

「成る程」

「腹が減ってないなら俺の昼飯にするから、どっちでもいいぞ」

「食べます。美味しかったので」

「じゃあ次からマリの分もこれな」


 いただきます、と小さく手を合わせたら、背後からどうぞと感情のこもらない声が聞こえた。スプーン山盛りに掬って、大きな口で食べ進める。口の端にソースが付いている気もするが、後で拭えば良いだけだ。


「はぁー……美味しかった」

「皿は置いといて良いぞ」

「ありがとうございます。食堂の準備をしてきますね」

「あぁ、出来上がったらまた呼ぶ」

「はい」


 その辺にあった銀食器に映る顔を見て、服にシミがないかも確かめて。雑に食事をする粗野なマリンは薄れ、ヴィオレット専属メイドのマリンが戻ってくる。美しい主に相応しい、優秀な女性が、銀色の中ですまし顔をしていた。

 

「行ってらっしゃい」

「行ってきます」


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