19.黄金を継ぐ者
視線の先には、急いでいるのか足早なヴィオレット。一見しただけでは人目の触れない場所にいるユラン達のは気付く事なく、ただこちらからはヴィオレットの顔に浮かんだ焦りの色まで認識出来た。
「あ……っ」
ユランと同じ様にヴィオレットを見た、そのわずかな差。認識にかかった時間分の遅れで、ユランが動いた事に気付く。
もうクローディアの存在なんて頭の片隅にもなく、手を伸ばしたって振り払われるだけだろう。去る時見えた横顔にはクローディアに向ける冷徹な仮面はなく、ヴィオレットに対する心配だけが窺えた。
「…………」
立ち尽くす、歩き出す。それだけの動作にかかった時間が妙に長く感じた。
ヴィオレットの様子にはクローディアも多少の違和感を覚えたが、追い掛けた所で何が出来るのだろうか。普段のクローディアなら抱いた感情のまま突撃するだろうけど、それ行動に伴う責任を理解してしまえば二の足を踏まざるを得ない。
今までも理解していなかった訳ではないが、きっとそれでは足りなかった。慎重過ぎるくらいで丁度いいのかもしれないと、思わずにはいられない。
少なくともあの日、ヴィオレットの言葉の意味を理解しようとしなかった自分は間違っていた。
早計だったと、普通の人間ならば反省し次に活かせばいいだろう。しかしクローディアには、失敗も反省も許されない。失敗は認めてはならず、一度下した判決を悔いるなんて愚の骨頂。王家の正しさは失敗しないからではなく、失敗を成功に変えているに過ぎない。その責任があるから、王は誰より思慮深くあらねばならぬのだ。
それは当然、王の子であるクローディアにも負わねばならぬ義務。
(ユランは、知っていたのか)
王が、その血族が、どれ程の責任の上にいるのか。生まれた時からその真ん中に立っていた自分は何も気付かず、上部を掬って理解した気になっていたというのに。
やはりあの男は、自分よりもずっと優秀だ。
「あぁ……」
ため息にならず吐き出した声は、意味も持てずに地に落ちた。額を覆えばほんのりと熱を持っているのに、触れている手のひらは冷たい。
きっと自覚している以上に、ユランを前にしたクローディアは緊張している。
端から見れば似ていない二人、顔の作りも体型も、髪の色や質感だって。相反して作らせたようにどれもかけ離れている。
どうせなら、瞳の色まで対極であれば良かったのに。
金塊を溶かし詰めた様に、柔らかく輝きながらも硬質な色合い。その高貴な色彩が王族の象徴だと、最初に言ったのは誰なのか。遠い昔の心証がいつの間にか事実となって、今ではその目を持つ者が王位を継ぐ事が暗黙の了解になっている。
その色に、沢山の人間が期待する。現実以上に重要な幻をこの黄金に抱いている。
高い能力ではなく、純度の高い血液と色こそ王の素質。その血を色を継いだなら能力だって同じはずだという盲信が、クローディアを王にするだろう。
その考えはともかく、自分が王になる事に反発はない。生まれる前から決まっていた宿命に疑問を抱くという価値観自体育っていない。
ユランと向き合うと、その種に雨が降る。育ってしまいそうになる。疑問を、抱いてしまいそうになる。
自分よりもユランの方が王座に相応しいのではないか、と。
ユランが聞けば、鼻で笑ってしまうだろう。もしくはそれすら無く、ただ無視されるか。どちらにしろ、クローディアの抱える感情を欠片も受け取ってはくれない。
お前なんかには勤まらない、そう言ってくれれば楽なのに。そんな甘ったれた感情が心の片隅に芽生えては摘み取られる。保身の為の劣等感なんて、きっとユランにはお見通しだ。
二年の差、血脈の純度、クローディアとユランの差はたったそれだけなのに。
「クローディア……っ?」
「っ……」
制服をはためかせ、こちらに近付いてくる足音の主は、息を弾ませた友人だった。急いでいる様子ではあるが、クローディアを探していたという訳では無さそうだ。 呼吸は整っていないが汗をかいていない所を見ると走ってきた様子でもない。
しかし表情には逸る気持ちが隠せずにいて、いつも穏やかで冷静な彼とは少し違って見えた。
「ミラ……どうしたんだ、急いでいるようだが」
「あぁ……ヴィオレット嬢を見なかったか?」
「え……」
無意識に先ほどの事が脳内で再生される。
焦った様子のヴィオレットと、それを追いかけていったユラン。そして今目の前にいる友人も、事情は違えど表情は似ている。
ユランに関してはヴィオレットが関わっていうという一点が理由だとして、ミラニアまでも彼女を探す理由は……クローディアの知る限りでは思い浮かばない。
二人が知人である事は分かっている。クローディアの共にいる時に話した事もあれば、二人だけで交流を持つ事だってあるだろう。ただ二人が友好的だったかと言われれば答えは否。
ヴィオレットがクローディアに想いを寄せている事は、多くの人が知っていた。というより、勘付いていた。
あからさまに目立つ行動をする訳ではない。数多いるクローディアへの恋心を募らせた令嬢と同じ、少々自己主張の強いタイプであっただけ。初恋に盲目になっている姿は慎ましいとはほど遠いが、だからといって咎めるほどの行いがあったわけでもなく。
それでもミラニアが特別、ヴィオレットに対して苦手意識を抱き避けていた事は事実だ。
「お前の口からその名が出るとは、珍しい事もあるものだな」
「うん……ちょっとね」
「……何かあったのか?」
「……実は、さ。さっきヴィオレット嬢と話してたんだけど──」
言葉にしにくそうに、歯切れの悪いテンポで話始める。
正しく伝えようと苦心して、言葉を選び詰まらせて、ようやく説明しをえた時にはクローディアの行動も決まっていた。
「行くぞ、時間がない」
「え……あ、おい……っ」
言葉だけを残して、ミラニアの横を通り抜ける。さっきは呼び止める立場だったというのに、今は混乱するミラニアの声が背中に聞こえた。
想像してみる、この先にある光景を。ミラニアの説明である程度予想はしているが、事実と真実が異なるのだとつい先日学んだばかりだ。
伸ばされた手を、クローディアはこれからも掴み続ける。救いと守護を与え続ける。ユランの言葉に殴られて、思い知っても尚、変えられない性がある。
だからこそ、正しい方へ行かねばならない。今までの様に自分の正解ではなく、真実間違っていない方へ。
そのためにはまず、この目で見なければならない。人から聞いた言葉で判断するには、自分はまだまだ未熟過ぎる。
確かめねばならない。
例え自らの過ちを直視する事になろうとも。
 
 




