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205.一年と一年


 母の事は、ほとんど覚えていない。いや、何も覚えていないと言っても良いのか。顔も名前も、ユランと呼ぶ声すらも。

 母に『関する』記憶は、一つだけ。

 

『よく似ている』

 

 一度だけ対面を許された、血の繋がった父親が、ユランを見て、表情を変える事なく言った。消えた妾への怒りでもなく、実の息子を前にした情もなく。興味は無い、でも目の前にあるから、浮かんだ言葉を口にしただけ。

 実の父との対面は、父のその一言が零れただけの、十数秒。

 そしてユランが唯一知っている、実の母の情報。


「写真とかもないし、王の妾についてなんて誰も口にしないから、実際どの程度似てるのかは分からないんだけど。多分、結構似てるんだと思う」


 王である父親とは、目の色が無ければ誰も血縁だなんて思わないくらいに、正反対だ。ではきっと、この顔は母に似たのだろうと、鏡を見たぼんやりと思い描いたりした。だからって、恋しくなったりはしなかったけれど。


「向こうと同じ様に、俺も両親に興味がなかったし……ここに来るまで、気にした事なかったんだよね」


 ここの存在を知って、全てが己の物になっていると知って、利用出来る以外の感情は浮かばなかった。ヴィオレットをヴァーハン家から引き離す為の場所が手に入った、それだけ。母に関する情報や思い出なんかが掠める事もなく。

 ただ、過ごしている内に。気付いてしまった。


「この家はね、子供の為の物が一つもなかったんだ」


「え……」


「少しの期間だったとはいえ、生れたばかりの俺がいたはずなのに。子供部屋どころかベビーベッドすら置いてなかった」


 母も自分も住まなくなってから手入れはしても何一つ捨てる事なく、変わらず佇むこの屋敷は、妾の為だけに作られた城であったらしい。

 どの部屋も美しいインテリアで纏められてはいたが、一つたりとも『子供』の存在を示す物はなかった。当事者でなければ、この家に生まれたばかりの赤ん坊がいたなんて思いもしなかっただろう。


「ここは正しく、母の為の場所だったんだよ。父が母をしまって置く為の箱、だから『ユラン』って存在には一切の配慮がない」


 母が消えた日で時を止めた城を歩く内に、分かってしまった『両親』の事。

 父は母を愛した。それはまるで、宝石を眺める様な愛で、観賞品を愛でるやり方で。母がそれをどう思っていたのかは知らないが、子を産む覚悟を決める程度には情を持っていたんだろう。ただどちらも、子を育てる意思がなかっただけ。

 そして『ユラン』は捨てられて、『ユラン・クグルス』になった。

 

「母親が何で消えたのかまでは分からない、生きてるかどうかも知らないけど、王の妾になって子供まで生む人だった訳だし……どっかで幸せに暮らしてるかもしれないねぇ」


 へらりと笑って言ったその言葉は、思っていたよりもずっと他人事の響きをしていた。きっと本人が目の前に現れても、他人を目の前にした反応をするんだろう。それくらいに興味がない。親という存在に、期待なんてしない。


「……そっか」


 微笑むヴィオレットに、ユランの笑みが深まる。彼女の問いに答えられたのなら嬉しいと、それだけの感情で笑うのだ。ヴィオレットも、ユランに傷がないならそれでいいと思う。

 いらないからと捨てられたとして、同じ様に、いらないと捨てるだけ。

 それが必要なのだと、いやという程学んだ二年(..)だったから。


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