195.獣の王子
ヴァーハン家へ挨拶という一番の大仕事を終えれば、後はのんびりしたものだ。クローディアの卒業と生徒会選挙も控えているが、ユランにとってはどちらもどうだって良い。クローディアに関しては興味がないし、選挙は形だけの出来レースなのだから。
ヴィオレットは、友人がクローディアの婚約者だからか、少し気にしている様子ではあったけれど。
「流石にすげぇな、王子様の卒業式は」
窓の縁に肘をついたギアが忙しなく動く者達を眺めて感心した様に言った。ユランもつられて視線を向けるが、鋭くなった視線と共に冷めた声が人気のない教室に響く。
「目玉はその後のパーティーだけどな。今年は王子様の婚約者のお披露目も兼ねてる分、絢爛だし人数も多い」
「あー、だから親父も来るっつってたのか……すげぇ嫌そうな顔」
「嫌そう、じゃなくて嫌だからな」
自分でも眉間に皺がくっきり刻まれている事は自覚している。取り繕うべきなのかもしれないが、嫌なものは嫌なので仕方がない。
パーティー自体好きではないのに、婚約者のお披露目で人は更に増える。ただでさえ人混みが嫌いだというのに、王族貴族の集まりなんて更に大嫌いだ。どいつもこいつも、この目とユランを評価したがる。
金の目に相応しい、素晴らしい人物となった──まるでこの金目が本体で、ユランと言う人間はその添え物だとでも言いたげに。その素晴らしい人間を虐げて来た過去は、綺麗すっぱり忘れて。
「俺の婚約も発表されてるし、面倒な輩が湧く未来が見える」
「お疲れさーん」
「うるせぇ」
「俺今労ったよな?」
ケラケラ笑うギアに殺意が芽生える。いつもの事ながら癪に障る男だ。殴ってやりたいが、殴った所でギアには痛くも痒くもないと知っている。身長では勝っていても、筋力や耐久力でギアに勝る人間はこの学園にいない。
何とも腹立たしいが、結局、ユランがギアに勝てる道なんてどこにもないのだ。敵でないから争う必要がないだけで、同じ土俵に上がればいとも容易く敗北するだろう。
自由で寛大で、囚われる事のない背。枷を引き千切ってでもあるがまま思うがままに生きようとする姿は、正反対過ぎて何一つ共感出来ない。
だからこそ楽な相手だが、だからこそ苛立つ。ギアの方はその違いを面白がっているから余計に。
「あーでも、丁度良いわ」
「あ? 何が」
「卒業式ん後、お前を親父に紹介してやるよ」
「……は?」
詰まらなさそうに外を眺めていたユランの視線が、同じく外を眺めたままのギアに向けられる。ぽかんと間抜けに空いた口が、ユランの驚きを表している様だった。
横目でそれを見て、ふっと笑ったギアの表情に、ハッと我に返ったユランの視線はさっきよりもずっと鋭くなる。何を企んでいるのかと、刃を突き付ける様に問うてくる。その目が余計にギアの笑いを誘って、遂には吹き出してしまった。
「顔こえぇぞーぉ」
ケタケタ笑う顔は、子供が悪戯に成功した時の様に無邪気だ。可愛らしい顔が更に幼さを増して、それが余計に猜疑心を煽った。ユランの性質と言えばそれまでだが、ギア相手に疑心を募らせたって無駄でしかない。
一頻り笑い声を上げたギアが窓から体を起こして、ユランとの間に合った人一人分の距離を詰める。身長差のせいで見上げる形にはなったが、その顔に浮かんだ笑みは、さっきまでのあどけなさは影も形もない。
いっそ嗜虐的にも見える、楽しそうな、笑顔。
「ユラン、お前──シーナの王子を使ったろ?」




