194.僕らの世界の大団円
お菓子を食べてお茶を飲んで、ひとしきり休憩した所で、ふとした沈黙が流れる。全員が何かしら緊張していたのを、ゆっくり時間を掛けて落ち着きを取り戻したのだと、互いに何となく察していた。
「これからの事なんだけどね」
ふんわりと微笑むユランの声には、飛んで行ってしまいそうな軽さがあった。しかしそれは軽薄さからくる物ではなく、重い何かを漸く下ろせた様な清々しさを含んでいて。
この先の事は、誰にも邪魔をする権利はないのだと、そういう気安さが心地良い。
「俺とヴィオちゃんが住む家はもう準備を進めてるんだ。立地はそれほど良くないんだけど、その分静かだし過ごしやすいと思う」
「家って……もしかして、」
「ヴィオちゃんには話した事あるよね。俺が昔住んでた所……って言って良いのかな? 赤ちゃんの時の事だし、覚えてないんだけど」
ユランが生まれ、クグルス家に引き取られるまでの短い間、実母と住んでいたらしい屋敷。昔ユランから聞いたけれど、訪ねた事は無い。ユラン自身も引き取られてからは一度も戻っていなかったと言う。ただ気が付くと、その屋敷と土地の権利が王家でもクグルス家でもなく、ユラン個人の物になっていたのだと。
「勿論このままホテル暮らしをしてもらっても全然構わないんだけど。卒業した後は今より自由な時間も増えるし、ここだと出来る事も限られるでしょ?」
ホテル生活も快適ではあるだろうが、結局は自宅ではない。どこもかしこ他人の手で整えられているというのは、今は楽に思えるけれど。幼い頃の環境もあって外を好むヴィオレットには、いつか窮屈に感じる日が来るかもしれない。
「俺もまだ掃除とか点検とかに行ったくらいだから、中はこれから一緒に考えられたらなぁって」
一から全部、二人の為だけに整えていく。ドールハウスでも、二人で定めた森の中の秘密基地でもない、本当の家。二人で、生きていくための、帰る場所。
「……凄く、素敵だと思うわ」
顔をほころばせて、柔い声がユランの耳を打つ。
未来の話がこんなに楽しいなんて、知らなかった。愛した人と結ばれて、人生を共にする……そんなのよく出来た物語にしか存在しないと思っていた。少なくとも自分にこんな日が訪れるなんて、思いもしなかった。
誰の邪魔にもなりたくないから、誰の傍にも居たくないと、修道院に行こうとしていたくらいなのに。
「ふふ、楽しみだね。まだ家具とかも全然だから、俺が卒業するまでに揃えなきゃ」
「一度中を見ておきたいわ。短縮授業に入れば時間も沢山取れるかしら」
「うーん……俺は生徒会に入る事になりそうだから、休みに入らないと時間が取れないかも」
「え……生徒会に入るの?」
「会長も副会長も卒業するっていうんで、推薦が多かったらしくて。一応選挙はするらしいけど、二年の内は補佐、三年になったら会長って感じでほぼ決定かなぁ。引継ぎは卒業式前に終わらせるから春休みはゆっくり出来るよー」
「そう……ユランなら心配はいらないでしょうけれど、応援しているわ」
「ありがとう」
ふにゃりとした笑顔はいつも通りのユランで、事の重大さ薄れてしまう。学園の生徒会長は、仕事も多いが権限も強い。その椅子に座れる者は限られていて、選挙はあるが、推薦されたならまず間違いなくそっちが通る。
──実を言うと、ユランが一年になってすぐにも打診はあった。それを頑として首を縦に振らず、最後はクローディアが打診者側に諦める様通達した事で漸く収拾した。今回、代替わりをするからとダメ元で声をかけて来た相手に頷いたのは、単純にクローディアがいなくなるからだ。入学した時に頑なに拒否したのはクローディアがいたから、居ないのであれば、別にどちらでも構わない。
「一応間取りだけは持って来たんだよ。マリンさんの部屋はどうしよっか?」
「ヴィオレット様に一番近い部屋であればどこでも構いません」
「それ全然どこでも良くないよね」
「うふふ、私もマリンが近いと安心するわ」
「じゃあお隣にする? どうせ俺が卒業するまでは寝室とか一緒に出来ないし」
「…………」
「マリン、顔がくしゃってなっているわよ」
「今、とっても複雑な気分です」
「あははー」




