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191.次にあなたを捨てました


 マリンが持って来てくれたホットミルクで体を内から温めて、重い息を吐き出して肩の力を抜く。時間にして三十分も経っていないが、長居したくないのは共通意識だ。空になったカップを置くと、ゆっくりと立ち上がって自室をキョロキョロを見渡した。


「大きい物は指示だけしてくれれば後で運び出させるから、今日持って帰りたい物だけ詰めてね」


「持ち帰りたい物……」


 この部屋に戻らなくなってそれなりの時間は経っているが、特に何か変化している様子はない。

 個性の反映されていないインテリア。可愛い小物で飾る訳でもなく、写真一つ見当たらない。ヴィオレットの匂いはするのに、気配が欠片も染み付いていない。言われなければ誰が住んでるのか分からないくらいに、住人の生活感が希薄だ。


「あ」


 ぼんやりと室内を眺めていたヴィオレットが、何かを思い出した様に足早にクローゼットへと向かう。服かアクセサリーか、持ち出したい物でも思い付いたのだろうと、ユランはその場で待機していた。男の自分が赴くには場所が場所、マリンに預けた旅行鞄に詰めるまで視線を外すか席を立つかした方が良いだろうか。


「ユラン」


「ん?」


 不自然にならない程度に顔を背けていたが、戻ってきたヴィオレットは気にする様子もなく名を呼んだ。チラリと視線を向けたら、特に衣類らしき物は抱えていない。ならばアクセサリーかと、半身にしていた身体ごと向き合って。

 さっきまでの蒼白なヴィオレットとは違って、ほんのりピンクに染まった頬が嬉しそうに緩んでいる。


「大切な物、あった?」


「えぇ。これ、覚えてるかしら」


 大切そうに包んでいた両手を開いて、懐かしそうに微笑んだ。ヴィオレットの手の平に収まる透明な袋。その中にしまわれた思い出は、年月で色褪せてはしまっているけれど、当時の形そのままを保っていた。


「これ……」

「ユランがくれたクリスマスプレゼント。マリンに頼んで隠して貰っていたの」


 幼いユランが自分で作った、色味の足りないクリスマスリーフ。

 覚えている、意気揚々と渡しはしたが、出来栄えは酷いものだったから。色も大きさも既製品とは比べ物にならないし、ラッピング用のリボンが足りなくてプレゼントとしての見栄えすら整わなかった。

 ヴィオレットが嬉しそうにしてくれたからその時は満足していたけれど、後になるほど自分の幼さを恥じて後悔したものだ。


「クローゼットを漁られていなくて良かった……隠し場所はマリンしか知らなかったし、私も偶然知ったくらいなの」


 ナイロンの表面を撫でて、思い出した様に目を細める。その脳内に浮かんでいるのはユランからプレゼントされた時の事か、それとも偶然見つけた時の事か。どちらでもいい、そんな風に見つめるくらいに嬉しいと思ってくれた事の方が重要で。


「絶対取り戻したかったから、見つかって良かった」


 飛び出した日に部屋中をひっくり返されていても可笑しくなかった。正直今日来るまで、ヴィオレットは最悪の想像しかしていなかったのだ。クローゼットの引き出しの奥ならばと、微かな希望を抱いてはいたけれど。

 実際に、ヴィオレットの想像は正しいのだけれど。それは父の暴挙を止めたシスイが居なければ、強盗後の様に荒らされた後で一切合切捨てられ、物置にでもされていた。シスイのクビを知らないヴィオレットには伝えられないが、わざわざ嫌な事実を教える必要もないだろう。


「……持っててくれたんだ」


 捨てられるだろうと思って渡した物だった。ヴィオレットは大切にしてくれても、その他の要因がこの家には多過ぎる。特に当時はまだベルローズも生きていて、ヴィオレットはオールドの幼少期の生き写しだった。


「まさかこんな再会の仕方するとはなぁ……やっぱり下手だね、結び目とか酷いや」


「ふふ……しまい込むしか出来なかったけれど、おかげで綺麗なままだわ」


「俺的には恥ずかしいよー」


 ぷくんと頬を膨らませるユランに、くすくすと笑うヴィオレットはお姉さん然としている。随分と持ち直した姿に安心はするが、まだここは敵地同然。優しい思い出話に花を咲かせるのは帰宅してからで充分だろう。


「ヴィオちゃん、それだけでいいの?」


「えぇ、前にシスイ達が集めてくれた分と、これ以外に大事な物はないから」


「なら良いけど……」


「あ、でも宝石は持っていかないと」


「宝石?」


「友人とお揃いの物を作るのだけれど、今の私は無一文みたいなものだから」


 元々いくつか宝石を売って資金の足しにするつもりではあったが、現状ヴィオレットに自由に出来る金銭は皆無。無一文で出て行ってそのまま婚約したヴィオレットに施しはない、この家では、絶対に。

 ただでさえユランに全面的に頼っている状態なのだから、個人的な約束くらいは自分で何とかしたい。宝石類に関しては全て亡き母から受け継いだ物なので、本来なら嫁入り道具として持っていくべき所なのだが。


「私は、いらないもの」


 母の形見の宝石達。何重にもなったネックレス、太くて重いブレスレット、大きな石の付いた指輪。どれもギラギラと輝き、その存在を主張するけれど。

 まるで首輪の様で、手枷の様で、束縛で。

 美しいはずの装飾が、どれもこれも拘束されている様に感じた。父も似た様な事を思っているから、母の持ち物に関しては全部ヴィオレットへと流したのだろう。二人で揃えたはずの指輪でさえ、二つケースに並んだままクローゼットのどこかに眠っている。


「この家も……母も、いらないから」

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