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190.吐露


「大丈夫? やっぱり俺一人で来れば良かったね」

「私が来たいと言ったんだもの。それに……予想していた事だから」


 かつての自室に着いた途端、膝から崩れ落ちてしまったヴィオレットを何とかソファまで導いて、震えの止まった背を撫でる。マリンはホットミルクを求めたヴィオレットの為にキッチンへ走っている。部屋にはユランの配下が残っているが、どれも指示を待っている状況だ。

 ユランへ向ける笑顔に力はないけれど、思っていたよりも引き摺ってはいない。トラウマが目の前で再演されて予想以上のダメージを受けはしたが、こうなると思って出向いたのはヴィオレット自身だ。


「似てるって知ってた。マリンが彼女を怖がったのもそのせい。私もだけれど、マリンにとってもお母様は何よりも恐ろしい存在だったから」


 幼い娘に夫を重ね、男として愛する母──言葉にするだけでも悍ましい所業は、受けていたヴィオレットは勿論、傍で見ている事しか出来ないマリンの心だって引き裂いた。生まれた時からその環境だったヴィオレット以上に、当たり前を知った上で凶行を目の当たりにしたマリンの方がその衝撃は大きかったかもしれない。死して尚、呪いの様に付き纏う。


「来ない方が良いのも、分かっていたの。会えばきっと良くない事が起こる。ああいう人達は、躊躇いもなく人の柔い部分に爪を立てるから……痛いって分かって、それでも来たかった」


 髪を伸ばしたのはいつからだ、服装を変えたのはいつからだ、口調を変えたのはいつからだ。母に捨てられても、初めは変えられなかった。オールドとしての振る舞いは、既にヴィオレット自身の物になってしまっていたから。当然だ、そう育てられた。そう生きろと、決められていた。

 それでも駄目だと言われたから、今のヴィオレットになった。

 男の様な髪も服も口調も、全部否定されて矯正されたから、許さないと言われたから。ヴィオレットが失敗作となったベルローズに、戻ってきて欲しいと乞われた父から、今すぐ直せと言われたから。母の気を引けないなら『男』としてのヴィオレットに価値はないのだと。今までのヴィオレットを全部全部否定して、今度は令嬢になれと言われたから。


 だから、なったのに。ちゃんと全部直したのに。


「このまま終わるなんて駄目だ。だってズルい、ズルいわ。私はあんなに頑張ったのに、求められた分、ちゃんとやったのに。それを当たり前みたいに享受するだけなんて。私は痛くて苦しくて辛かった、頑張った、でも、あいつらは答えてくれなかった、だったら」

 

 返して、私があげた分、全部返して。


「あいつらの傷付く姿が見たかったんだ」


 苦しくても辛くても、傷口を抉られても、良い。

 それでも良いから、来たかった──それでも良いから、見たかった。



× × × ×



 独り言にも近い、叩き付ける様な言葉達。それはきっとヴィオレットの本心で、色んな物がごちゃ混ぜになっているから、口調も内容もちぐはぐで。きっと本人が思っている以上に、トラウマを突き付けられた衝撃は大きかった。

 言葉を挟む事なく、ユランはただ耳を傾ける。内容なんて何でもいいし、文章がめちゃくちゃだって構わない。吐き出して吐き出して、空っぽにしてしまえば良いと思うから。全部抱え込んだまま笑うには、ヴィオレットはボロボロになり過ぎた。


「ごめん、心配させないって思ってたのに。もっと、ちゃんと、笑ってやれるって思ってた。ざまあみろって、言えると思ってたんだ」


「心配はするよ。でもそれはヴィオちゃんがどうとかじゃなくて、俺がそういう性質だからってだけ」


 そもそも向こう側が色々と可笑しいのに、こちらがちゃんとしてやる必要があるのか甚だ疑問だ。勝手に指定された時間をきちんと守り、きちんと用件を伝えた。それだけでも褒め称えられてもいいくらい。


「色んな事があって疲れちゃったねぇ。荷造り済ませたら一杯お休みしよう! 帰りにヴィオちゃんの好きなケーキ買おっか」


 優しく包む様に抱き締めて、背中をトントンと叩くと、肩に触れていただけの額が重みを増した。ぐりぐりと押し付ける様にして顔を隠すヴィオレットは一見泣いている様に見えるけれど、きっとそんな事は無い。この人は辛くても泣けないから。


「お疲れ様。頑張ってくれてありがとう。もう大丈夫だから、一緒に帰ろうね」


「か、える……うん、かえる、ありがとう」


「どういたしましてー」


 柔らかな髪を指に絡めて口付ける。心臓の上で、彼女が笑ったのが分かった。

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