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183.ズルいズルい


 静かな日々が続いた。今は何よりもテストを優先せねばと、集中するものがあったおかげで、色んな事を見ないフリが出来た。

 優しい日常だった。ロゼットとの勉強会、ユランと夕食を食べてマリンとティータイムを楽しむ。夢の様だった。こんなにも穏やかな時間が訪れるなんて、夢にも思っていなかった。


 そんな誤魔化しが通じるのも、テストが終わるまで。



× × × ×



 ユランが、ヴァーハン家に挨拶へ行くと言った。

 そしてヴィオレットは、ついて来なくていいとも。


「流石に初めから行かないって宣言は出来ないから、当日に体調を崩したって事にするけど……」


 眉を下げてこちらの様子を窺う姿は、ヴィオレットにドタキャンさせる事への罪悪感に満ちていた。される方への気遣いは、欠片も浮かんではいないらしい。本当は挨拶に行く価値すら感じていないのだから当然と言えば当然だが。そもそもユランの本心は、挨拶の必要性を感じていない。

 とはいえ、正式に婚約をした身となれば、流石のユランも無視する訳にはいかない。王家やら教会やらの目もある、あまりに明確な嫌悪を示すのは危険。

 ヴィオレットとの未来の為なら、例え害虫相手であっても一分の隙も無く笑って見せよう。顔面に凶器を突き立ててやりたい衝動なんて、いくらでも静められる。その程度ユランには造作もない。

 ただ唯一、ヴィオレットを会わせる事だけは許容出来ないけれど。


「うちへの挨拶はいつでも大丈夫だし、無理そうなら俺の方でしておくからね。両家の顔合わせは今更改めてする必要もないだろうけど……」


 ユランの家もヴィオレットの家も、国を支える名家として昔から名を連ねて来た。仕事上は勿論、大なり小なり交流はあっただろう。クグルスの両親はヴィオレットとユランが幼馴染であると知っているし、ヴァーハン家とは古くから見知った仲だ。

 しかし今回はユランが独断で進めた縁談である為、両家の挨拶は省けないだろう。


「俺の卒業までまだ二年あるし、急ぐ必要はないからね」


「あ……そっか、ユランは一年後なのよね」


「そうだよー。ヴィオちゃんも三年になるし、婚約するにはいいタイミングだったかもだねぇ」


 大抵の生徒が卒業までに伴侶を決める世界である為、在学中に婚約発表なんて日常茶飯事。幼い頃から婚約者がいる者も珍しくない。

 ユラン個人の思いとしては遅いくらいだけれど、時期としては最適解だった。変な時期に発表して好奇の目に晒されるよりも、大勢に紛れて終わるくらいの方がヴィオレットの気も楽だろう。ユランも、有象無象に囲まれて質問攻めに合わずに済むならそれに越した事は無い。


「ヴィオちゃんを家に連れていけたら一番なんだけど、流石に許可なしには無理だから……あ、もしダメだったら卒業までこの部屋を使ってね」


 家を飛び出してからのホテル住まいについて何も言ってこないのは、自分が原因であると理解しているからか、それともこれ幸いと三人家族を満喫しているからなのか……恐らく後者だろう。シスイに投げ飛ばされたからといって、あの父親に変化があるとは思えない。そしてメアリージュンは、そんな父に物申せるだけの芯がない。

 ユランの用意した邸宅に移るのと今と、何が変わるのかヴィオレットには違いが分からない。しかし何も伝えずに事を進めた後、自らを棚に上げて文句を言う父の姿は容易く想像出来た。許可を貰うと言うより、最低限の報告ある。


「念の為、マリンさんは連れて行こうと思ってるんだ。ヴィオちゃんの部屋の物まだ一杯残ってるし、もし気に入ってる家具とかあったら家に運ばせるから」


 あの日の傷は綺麗に治って、ヴィオレットの頬も足も美しい肌が戻ってきている。それでもユランは、あの痛々しい白を纏ったヴィオレットを忘れない。誰の手で、誰のせいで、彼女が痛い思いをしたのか、忘れてやるつもりは無い。

 未だこの婚約について納得などしているはずもないオールドが、挨拶に来たユランにどんな対応をするのか、いくつかのパターンを想定しているが、快い出迎えをする姿だけは微かにも想像出来なかった。罵詈雑言を吐かれた所で痛くも痒くもないが、それをヴィオレットに聞かせるとなれば話は変わる。


 ヴィオレットにとっても、自分に暴力を振るった男の元になんて行きたくはないだろう。そう思っての発言であったし、ユランの気遣いはヴィオレットにもきちんと伝わった。有難いと思ったし、直ぐに頷きたかったのも本当だ。

 ただ、少しの間を持ったら、浮かんでしまった考えがあった。

 

「ありがとう、ユラン。……でも」


 燃え尽きた残骸がある。それは期待であったり夢であったり、かつて望んだ愛情であったり。ヴィオレットの怒りを増幅させた油や薪達は、真っ黒こげに燃え尽きた。激しく昇り、叩き付ける様に終わらせたのだ。

 だから今、広がっている感情に名前を付けるのは難しい。あれほど大きな感情の後では、こんな些細な想いなんて、捨ててしまった方が簡単で、合理的で──許してやれと言う者も、居るんだろう。


「私も、行くわ」


 憎悪ではない。ましてや殺意でも。そんな強い気持ちではないし、複雑で難しい想いでもない。本当に、ただただ、単純に。

 ズルいな、と。

 私はあんなに痛くて苦しかったのに、あいつらはこれっぽっちで終わるなんてズルいなと、思ったのだ。


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