178.同族嫌悪
欠片の否定もせず、全てを受け止め肯定して、愛でるだけで躾けない様は行き過ぎた過保護に見えるのだろう。それこそ、いつかどこかのお姫様が言っていて『支配欲』が暴走した所業だと。
これはきっと、一種の洗脳なんだと思う。
彼女が疑わない様に、欠片の疑問も持たない様に。何度も何度も言い聞かせて、時には行動して。そうやって視野を狭めて、どうか自分以外を映さないでくれと、浅ましい幸福を求めていた。
(かわいいなぁ……)
ユランの言葉に、張り詰めていた糸を弛ませる様に力を抜くヴィオレットを見て、言い表せない程の多幸感で満たされる。
ヴィオレットは人を信じない。それは他人だけでなく、自分自身に対しても。だからマリンには大丈夫だと笑って耐えようとしてきたし、ロゼットへの説明も逡巡の影を見せていた。二人の事は信頼していても、自分自身を信じられなかったから。
彼女が無条件で信じるのは自分だけなのだと実感する度、死んでも良いとさえ思う。勿論、彼女を置いて死んだりはしないけれど。
「前に行ったカフェ、覚えてる? ヴィオちゃんの体調が大丈夫そうなら、一緒に行こうと思ってたんだけど」
「そうだったの?」
「新メニューが出たんだって。今日はもう遅いから、また今度行こっか」
「新、メニュー……?」
「生クリーム一杯のプリンパフェだったかなぁ。ヴィオちゃん、カラメルの掛かった生クリーム好きだったでしょ?」
「……今も好きよ」
「ふふ、良かった。もうすぐテストで半日になるし、その後も終業式に向かうだけだから、ヴィオちゃんが万全の体調になったら行こうね」
「うん……ありがとう」
「どういたしましてー。楽しみだねぇ」
わざとらしいくらいに甘ったるい口調は、子供の為の薬みたいだ。甘くて甘くて、もっと欲しいと望んでしまいそうだけど、薬も過ぎれば毒となる。ユランがヴィオレットを害す事は絶対にないけれど、ヴィオレットの内に溜まった毒素は彼女の周りを侵すだろう。
──羽根を捥がれ、毛虫の様に蠢くしか出来なくなった『妹』の様に。
(あの様子だと、もう無理だろう)
愛される為に生まれて来た少女は、今になって漸く、愛以外の感情を知ったらしかった。愛されず、喜ばれず、尊ばれず、生まれて来る命があるのだと。愛と幸せは誰もが生まれながらに持っていると思い込んだ天使の心は、愛と幸せを持たずに生まれた姉の叫びで圧し折れたらしい。
そんな愛娘を見て、あの愚か者は何を思うのか。何を叫ぶのか。
(見物だなぁ)
ヴィオレットには気取られぬ様、嘲笑を浮かべそうになる口元を引き締める。
ヴィオレットにはあぁ言ったが、ユランは今日の事がオールドに伝わろうと構わない。むしろ、あれがどう足掻くのか楽しみですらあった。メアリージュンの惨状に怒り狂うのは簡単に想像出来るけれど、もうあの男にそれを慰め癒す術など残っていない──そもそも、そんな手段は存在しないのか。
ベルローズとの結婚が決まる前、結婚した後、ヴィオレットが生まれた時、エレファと出会った時妾にした時メアリージュンが生まれた時。幾度となく機会はあったのに、その度全ての責任を他人へと押し付けて考える事を放棄した。現状は、そのツケが回ってきただけの事。
望むものがあるのなら、愛する人がいるのなら、嫌悪する者がいるのなら、彼は考え行動し、自らの手で未来を掴まなければならなかったのに。全部全部、ベルローズとヴィオレットのせいにして自分は悪くないと不貞腐れた阿呆は、結局全てが崩れるまで何も気付かなかった。
(本当に……あんたはよく似てるよ)
あぁ、まるで、いつかの自分を見ている様だ。




