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177.恋は盲目

 ユランがメアリージュンの元へ戻って、どれだけの時間が経ったのか。恐らく数分の事であるけれど、待っているヴィオレットにとっては数十分にも感じられるひと時だった。


「遅くなってごめんね」


 上手く話がまとまったのか、何の憂いも見えないユランがヴィオレットの隣に乗り込む。視線を向けても大丈夫だと微笑むだけだったので詳細は分からないが、こうして戻って来てくれただけでさっきまで胸の内を巣食っていた不安が溶けていく様だった。


「マリンさん心配してるかなぁ……ヴィオちゃんも、疲れてない? 大丈夫?」


「もう落ち着いたから……大丈夫よ」


 待っている間の時間は不安で一杯だった分、高まり過ぎていた熱も冷まされて。ユランが戻ってきてからは、深呼吸をした後みたいに落ち着いた。落ち着いたら今度は、自分の吐いた言葉で窒息しそうになった。


「……ごめんなさい、私」


 なんて事をしたのだろうか。あんな風に感情を爆発させて、ぐちゃぐちゃになるまで踏み潰したいと、願った事は認めるけれど。それを実行した後に待っている痛みを、嫌という程知っているくせに。

 メアリージュンを嘲笑いたい気持ちがなくなった訳じゃない。お前が見ていた幸せなんて、所詮表面を整えただけ、小突けば崩れる砂の城なのだと。突き付けて、泣き崩れる姿に、ざまあみろと思わなかった訳でもない。

 でも、その裏側で正反対の声がする。

 本当に、悪いのはメアリージュンなのか。本当に、その言葉は、お前が口にしていいものなのか。彼女は被害者ではないのか。本当は、お前の方が加害者ではないのか。言い過ぎたのではないか。そもそも、怒るほどの事だったのか。悪いのはお前の方ではないのか。

 本当に、その怒りは、言葉は、自分は、正しいのか。


「──えいっ」


「っ……!?」


 ぷにぷにと頬を突かれて、子供をあやす様に笑われて、穏やか過ぎる空気に毒気を抜かれてしまう。

 驚いて目をまあるくしたまま固まっているヴィオレットの頬から輪郭へと人差し指を滑らせて、柔らかな髪を指先に巻き付けて遊んでいる。いつもならきっと照れてしまう近い距離、でも今は、傍に居る事実にただただ安心する。


「ヴィオちゃんのせいとか、ヴィオちゃんが悪いとか、そういうの全部違うよ。色々考えちゃうのは仕方ないかもしれないけど、それは罪悪感じゃない。罪悪感を抱く様な事、ヴィオちゃんはしてない」


「あ……」


「ヴィオちゃんはただ、怒るのに慣れていないだけ」


 近付いた分だけ占領されて、視界はユランで一杯になる。綺麗な顔が更に美しく、甘く。恋をすると人は美しくなり、恋した相手を美しく見せる。ユランが美しく見えるのはヴィオレットが彼に恋をしているからで、ユランが美しいのはヴィオレットに恋をしているからで。

 なんて、美しい光景だろう。どんな絶景よりも、輝く宝石よりも、素晴らしい景色。


「怒り慣れていない人は、それが正当かどうかを凄く気にしてしまうんだ。本当に、自分の怒りは正しいのか。本当は、ただの八つ当たりじゃないか、悪いのは自分なんじゃないかって、不安になる。そうした思いを、罪悪感だと判断して、やっぱり自分が悪かったんだって決め付けてしまう。不安と罪悪感は似てるから」


 優しい顔で、優しい声で、優しい言葉が降って来る。

 既に治る事の無くなった傷痕も、瘡蓋になった傷口も、たった今増えた生傷にも、丁寧に消毒して包帯を巻いて。もう大丈夫だと、傷付く必要はなのだと、繰り返し繰り返し、ヴィオレットが疑わなくなるまで何度でも。


「怒る事は、自分を大切にする事。ちゃんと自分の心の悲鳴を、聞いてあげたって事。ヴィオちゃんは、なんにも悪い所なんて無いんだよ」


 これは、ただの甘やかしだって分かっている。何処までも甘く、自立を阻み、成長を止め、頼り切ったら堕落してしまう。正しい人が口にする真っ当な優しさとはかけ離れた、盲目的な全肯定だって。

 でも、そんな事どうだって良かった。その肯定が甘いだけの劇薬だって、構わない。自分の足で立てなくなったって、赤子の様に、ユランが居ないと生きられなくなったって。


 ずっとずっと、ずっと。

 こんな愛を望んでいた。

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