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16.感情の破片

 この場合、自分はどういった行動に出るべきなのか。

 無視は勿論出来ないし、本来なら礼儀以前に媚びへつらった方が今後の為になる相手だ。我が国の偉大な王子様相手に笑顔で頭を下げる以外の最適解があるのか疑問だが。

 それでも今この状況で自分に声をかけてきたという事は、そういった形式を全て度外視したいと受け取っていいのだろう。

 クローディアは、ユランと話がしたいのだと。王子と貴族ではなく、間に這う複雑な根をそのままにした自分達で。

 だからこそ今、わざと王子と呼んだユランの声に不快そうな顔をしている。ずっと変わらず呼んできた敬称も今は邪魔だと言わんばかりに。


「まさかクローディア王子から声をかけられるは……驚きました」


 それを知っていながらわざと知らぬ振りをすれば、気付いているだろうに何も言わなかった。

 気持ちの籠っていない言葉は勿論嘘で、用件は考えるまでもなく分かっている。流石に廊下のど真ん中で話す内容ではないから死角になる場所へ移動はした。無駄な装飾の多いこの学園では死角なんていくらでも見つけられる。


「……その笑顔は止めろ」


「…………」


「王子として話し掛けた訳じゃない。責任は俺が持つ……話が、したい」


「……はぁ、分かったよ」


 ため息と共に、空気が変わる。糸の様に細く、張り付けた笑顔は一瞬で無になった。多くの人がユランに抱くであろう穏やかさも、癒される雰囲気も今は見当たらず。皆が優しさを期待するその目は何も変わっていないのに、宿る光が鈍い色になっただけでこうも印象が違うのか。

 今のユランは、まるで能面だ。


「時間を取る気はないから、さっさと本題にいってくれる?」


 自分のお昼は勿論だが、時間が経てばそれだけヴィオレットの行動予測範囲が広がってしまう。時は有限、彼女の為に昼を抜く事は容易だがきっと彼女は気にしてしまう。自分の昼食も確保した上でヴィオレットを探すならこれ以上時間は割きたくはない。


「この間の事ならもう話す事はないと思うんだけど、俺と貴方は特に」


「……俺は、ユランの言葉を考えていた」


「それは光栄だ。で、俺の言葉に怒りでも覚えた?」


「違っ……!ちゃんと、考えたんだ……」


 しりすぼんで行く声に従って、必死な表情の顔も次第に地面を向いていく。いつも自信に満ちて、だからこその迫力と吸引力があった。何者をも問わず人を惹き付けるカリスマ性は確かに王に相応しい、一種の才能。

 まるで沈まぬ太陽の様に堂々としたそれが、ユランを前にすると幻の様に霞んでいく。

 その理由は始まりから終わりまで自覚している。時には利用だってしてきたが、クローディアはどんな瞬間も真っ直ぐで。

 傷は付いても折れない姿は嫌いではない、だからといって好きでもなければ興味もないけれど。

 

「あの時、お前は最後に言ったな……部外者は口を出すべきではない、当人同士で解決させるべきだ、と」


 実際はもっと皮肉めいた言い方をしたのだが、それは伝わってないのか、それとも追求しないだけなのか。どちらにしろユランにとってクローディアがどう思っていようと関係無い、重要な事はただ一つ、この一件を可能な限り早く終わらせる事。余計な発言で長引かせるなんてあってはならない。


「言いましたね。それがどうかしましたか?」


 あの言葉に、今さら考える事があるのだろうか。ユランにとっては、自分の考えを無防備な相手に投げ付けただけ。あの場を切り抜ける為と、ヴィオレットに対する行いへの怒りを込めてはいたが。

  クローディアの立場なら、腹は立てても深く考える様な言葉ではなかっただろうに。


「何度も考えた、お前の考えを知りたかった……だがどうしても、理解出来なかった」


 それはそうだろう。あの時のユランとクローディアの意見は敵味方という以前の対極だった。彼の正義感とユランの守護は理由も行動も結果も大きく違う。

 あの時、クローディアが何を思って行動したのか。考えるまでもなく正義が悪を挫く為、傷付けられたか弱い少女を護る為。一人に寄って集って石を投げる様な行いは非道といって然るべきだし、そこに関してはユランもクローディアを想いに異を唱える気はない。

 ただその想いに付属した行動は、どこまでも交わらない。


「理解する必要はないだろ。あれは俺の個人的意見であり、人間の行いに解答はないんだから、俺にとっての間違いが不正解とは限らない」


「それでも、あの時お前は思ったんだろ」


 真っ直ぐに、ユランを見つめる同じ色をした瞳。目の形も睫毛の色も違うのに、その黄金だけは鏡でも見ているかの様で、それが心から不愉快だった。

 回り道も近道も、迷う事すらせずに向かってくる姿勢は美しいが故に腹立たしい。


「教えてくれ……あの時、俺は何を間違った」


 逃げたいと思っている事も、関わりたくないと思っている事も、ユランが自分に抱いている感情が好意でないと分かった上で、それでも近付きたいと願い歩み寄って来る姿が。

  どこまでも、たった一つの正しさの上にいる所が。

 何より、あっという間に感情を傾けてしまう自分自身が。


「……むかつく」


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