174.起承転、結
あんなにも無関心でいられたのは、何をしても無駄だと思っていたから。一度目の失敗があって、恨んでも憎んでも邪魔をしても、この子の幸せは、あの恋の結末は変わらないって、思っていたから。
でも、そうでないと知って。あの痛みもこの諦めも無駄だと分かって。
かつての傷痕も、今ある傷口も、この子は関係な居場所で生きていけるのだと思ったら。
もう、無理だった。
「全部持ってるじゃない、優しい母親も守ってくれる父親も、何も無くてもあなたを信じる人だって全部、……全部」
噴火した感情はマグマとなって、留まる事なく流れゆく。色んな物を巻き込んで、岩石となるその瞬間まで、我慢とか反省とか良心とか、理性とか。溶かしつくされた場所に残されたのは、何処までも熱く煮え滾る『怒り』だけ。
──あぁ、そうか、私は。
「なら、いいじゃない、一人くらいいなくたって、私くらいいなくたって! 放っておいて、近付かないで! 私の世界に入って来ないで!」
本当はずっと、ただ蓄積させてただけ。ただ、場所を移して片付けた気になっていただけ。理由を、見ないふりしていただけで。
「私に家族なんていない、妹なんていない……ッ!」
ずっとずっと、怒っていたのか。今日、運命ではないと知る前から。全部が蒔き戻ったあの日よりも前から。罪を犯しすよりもずっとずっと、前から。きっと、メアリージュンが生まれた日から、家族の全てに怒っていた。
毎日、狂った母の声に潰されている時、きっと何も知らずに笑っていた事。捨てられたその時、何も知らずに家族に暖められていた事。誰の声もしない屋敷で泣けない時、目を潤ませただけで心配して貰える事。
「何で、私なの……私は、……!」
ヴィオレットの罪は何だ。女だった事か。父に似た顔をしているのに、男でなかった事か。膨らむ胸、月に一度の出血、日に日に女として成長していった事か。それとも、ベルローズから生まれた事か。父が真に愛する、エレファの子でなかった事か。くすんだ目と髪で、真珠色の髪でも、青空色の瞳でもなかった事か。姉だった事か。妹に劣る能力しかないのに、姉の立場を得た事か。天使の様な妹ではなく、自分の様な悪辣な女がヴァーハン家の長女だった事か。
「私は! 何も悪くないじゃない‼」
──生まれた事が、罰を受けねばならない罪だったのか
苦しくて辛くて、頼むから近付かないでと。お願いだから、もう何も奪わないでと。少しで良いから幸せになりたい、愛されたいと。願う事すら許されないなら。
「お願いだから……、私の前から消えてくれ」
この手で終わらせたいと思って、何が悪い。
一年前、悔いたはずの罪が、怒りと理不尽に燃やされる。清廉潔白になれない事は分かっていたけれど、自分でも呆れるほどの恥知らずだ。ヴィオレットが犯した罪は、理由ではなく行動に由来しているのに。それすら投げ付けて、全部お前のせいだと宣うのは、かつての再来でしかないと頭では分かっている。
だからどうしたと、耳の奥で声がした。
罪だと知って、罰せられれば、動機も溶けて消えるのか。殺したい程の憎しみが、泡になってくれるとでも、思っていたのか。
そうなって欲しかった、こんな感情、抱えているだけで辛いのに。罪の烙印を押された後では、誰かに寄り掛かる事すら許されなくなる。自分の中で腐って枯れて死に絶えるまで、待つしかないくらいなら。どうか罰と共に融解してくれたらと。
溶ける事無く積もった感情は、もうきっと綺麗になったりしない。美しい何かに、転じたりしない。
「私の人生に、お前達なんかいらない」
きっとメアリージュンは、まだ物語は終わっていなくて、未来はここからいくらでも良い方向に変わっていく可能性で満ちていて。頑張ればハッピーエンドが訪れると、思える場所にいる。ヴィオレットはもう、幕を下ろしてしまっているのに。
まだ転換だと思っているメアリージュンと、結末を迎えたヴィオレットでは、どう足掻いたって交わらない。メアリージュンがどんなに望んでも、ヴィオレットの『家族』はもう、閉幕してしまった。捨てたのではない、要らないから、必要ないから、縋るのを止めただけ。
そんな家族で、そんな繋がりだった。
メアリージュンが見ていた『家族』なんて、初めから、何処にもありはしなかった。




