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170.涙


 多くの事を話した。といっても時間には限りがあるし、時間を巻き戻った事だって告げられない。出来るだけ簡潔に、そして誰の立場にも偏らない様に、ありのままの出来事を淡々と声に乗せるのは、想像よりもずっと簡単だった。

 痛みばかり叫び散らかしていたかつてよりも、起こったままを話す方が楽だったのだと、やり直しを経て初めて気が付く。まるで他人事みたいに話した方が、その時の感情に引っ張られずに済むから。


 今まで人生を、滔々と話した。

 実の親の事、義母の事、義妹の事。憎くて憎くて、すり減らした先にどうでも良くなってしまった家族の事を。


 美しく尊い家庭で育った者には、きっと理解しづらい話だ。親は敬うもので子供は慈しむもので、家族は暖かく大切にすべき存在。そんな神話が平均として数えられるようになった。それは素晴らしい事かもしれないが、だからと言って足蹴にされる者達が消える訳ではない。まるで残虐な作り話に聞こえる現実が、この世にはゴロゴロ転がっている。それは陽の光も当たらない深淵ではなく、美しい家の美しい家族の中にだって。


 ロゼットは、何も言わずに聞いていた。表情を歪める事もなく、だからと言って無理に明るくする訳でもなく。

 ただ、最後までずっと、耳を傾けてくれた。


「…………」


 ヴィオレットが口を閉じてしまえば、もう誰の声も響かない。静まり返った室内に、息遣いだけが静寂の邪魔をしている。最初に動いたのは白魚の様な指、桜色の爪先がヴィオレットの手の甲に触れた。


「よく、頑張ってきましたね」


 指先にばかり向けていた視線をあげる。たおやかに笑むロゼットと、緊張で強張っているヴィオレットはあまりに対照的だ。


「必ず当事者全員に話を聞きなさい──そう教わってきました。中立の立場になったのなら、一方からだけでなく多方面から物事を見るべき……私もその通りだと思います」


 それが善悪を裁く秤の仕組み。事実だけを見抜いて、公正に平等に世界を作る為に必要な事。

 それはその通りで、第三者が偏った見方をしてしまえば、この世界は簡単に傾いて全てが滑り落ちてしまう。王族として、ロゼットには守らなければならない者が沢山いる。誰も見捨てず寄り添い過ぎず、誰もに同じだけの目を向ける事。現王夫妻が娘に説いた教え。


「私はヴィオ様の家族を知りません。話した事もありません。だから誰が悪いとか、そういう判断を出来る状態ではない」


 だから、その憎しみに同調してあげる事は出来ない──でも。


「私は、ヴィオ様の友人ですから」


 無関係な第三者でいられた時期は、もう過ぎた。


「善悪を分ける事は出来ないし、貴方の全てを肯定して他を否定する事も出来ない。そんな私ですけれど──貴方の心に、寄り添わせて頂けませんか」


 ヴィオレットの感情の行く先がどこなのか、どこであっても、それを見届けられる場所にいたい。憎悪に付き合う事は出来なくても、その果てに彼女が選ぶものを受け止めたい。


「ずっとずっと、痛かったね、辛かったね」


 ゆっくりとヴィオレットの背に腕を回す。嫌がられたらどうしようかと心配したが、小さく肩を震わせただけで拒絶される事はなかった。躊躇い迷ったヴィオレットの手が、ロゼットの二の腕辺りの服を弱く引っ搔いて。

 この人は、抱き締められる事にさえも慣れていないのだと知った。


「……ぁ、りがと、ぅ」


 震えた声は今にも泣き出しそうだったけれど、その瞳から涙が零れる事はない。

 ロゼットに出来るのは、ただ寄り添う事。ヴィオレットを泣かせてあげられるにはきっと、その痛みに共感し、憎しみに同調し、何処までも共に身を寄せ合える者だけ。

 それは、きっと。彼女の隣で支え続ける、この男の様な。


「ヴィオ様……私も、言わなければならない事があるんです」


 こちらを仰ぐヴィオレットの頬には、やはり涙の影はない。少し光沢を増しただけの瞳が、疑問を投げる様にロゼットへと向けられる。このタイミングで伝える事に、大した意味はない。元々、きちんと自分の口で伝えようと思っていた。その機会が今訪れただけ。

 今ならもう、この人を傷付ける事にはならないと、思えただけ。


「つい先日、正式に決定したんです。私と……クローディア王子の婚約が」

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