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168.どうしたって相容れない


「おはようございます……ッ!」


 顔を合わせた途端、鼻先が触れそうな距離まで近付いた。ふんわりとスカートを揺らして、飛び込むみたいな勢いで。キラキラ光る瞳が元々の薄い色合いと相俟ってより宝石染みている。それこそ、その髪を彩るそれと同じくらいに。

 悲しげな苦しげな、でも嬉しそうな笑みを見て、やっぱり彼女は美しいのだと場違いにも感心してしまった。


「おはようロゼット、元気にしていた?」


「はい……はい、私は、全然」


 言葉を途切れさせ、何度も何度も頷く。泣きそうという程湿ってはいないが、言葉が空気のまま喉につかえてしまっている様な。訥々とした言葉は先が読めないくらいに不鮮明な単語ばかりだ。

 自分が休んでいる間の事がどう伝わっているかは分からないが、事実をそのままではないだろう。むしろ何の情報もない可能性の方が高いか。知られていても心配されただろうが、何も知らない事だって不安を抱かせるだろう。一日二日ならまだしも、数週間と欠席していたのだから。


「私も元気だったわ。だから……えっと、」


 大丈夫と言うのも、心配しないで言うのも、可笑しい気がした。誤魔化すにはもう遅い、何もなかった事にしてしまうのは、彼女の心労に対してあまりにも不誠実が過ぎる。

 初めての友人を、こんなに心配させたのに。


「ヴィオちゃん」


 少し離れた所で成り行きを見守っていたユランが、ヴィオレットの背に触れた。俯きそうになっていた視線が、こちらを見下ろすユランの目と繋がって、不安が浮き彫りになったヴィオレットとは対照的な笑顔が強張った体を解していく。


「今は時間もないし、お話はお昼の時にでもどうかな」


「そう、ね……ロゼットは、大丈夫かしら?」


「勿論です、私はいつでも」


 ユランの介入に一瞬呆気に取られていた様だったが、流石と言うべきか、直ぐに美しい笑みを取り戻していた。知人他人に問わず囲まれる事の多い身分と人柄の姓だろうか、如何なる場面であっても無様を晒す事はない。


「あ、俺も同席させてもらいますので」


「……えぇ、構いませんわ」


「良かった」


 二人して完璧が張り付いた様な笑顔だが、後ろに背負っている空気が重く感じるのは気のせいだろうか。そもそもこの二人は面識があったのか、同じ学び舎に通っているのだから、ヴィオレットの知らない交友があっても可笑しくはない。

 その知らない所での対面が、二人にとってあらゆる意味で印象的だった事も、ヴィオレットには与り知らぬ事である。


「二人も知り合いだったの?」


「知り合いという程ではないかなぁ。機会があって一度お話したんだ。名前はその前から知っていたけど、直接会ったのはその時だけだから」


「私もです。顔と名前は一致していましたけれど、交流はありませんし」


「そうだったの……じゃあ、改めて紹介をした方が良いかしら?」


「そうだねぇ……ヴィオちゃんにとってどういう人なのかは、聞きたいかなぁ」


 表情といい口調といい、ロゼットが以前対面したユランとはまるで別人だ。いや、ロゼットに向ける視線も表情も、作り物めいているのは変わらないけれど。人格から違うのではと思えるくらいに、相手によって対応を変えているらしい。


「お昼になったら迎えに行くから、教室の中で待ってて」


「でしたら場所は私の方でご用意致しますわ。エントランスで落ち合いましょうか」


「……ありがとう、二人とも」


 そこまでしてもらうのは気が引ける……でもそれ以上にありがたかった。正直今、学内ですら一人になるのは心細い。家に居るより楽だと思っていたのに、家よりも学園よりも安心出来る場を知ってしまったせいだろうか。数多の生徒が通うこの校内の、たった一人に対する警戒と恐怖が、ほんの僅かな油断さえもさせてくれない。


 時間が経ち、少しだけ余裕を取り戻して。安心出来る場所から、あの日を思い出して見た。記憶の中には、愛らしい少女の泣き顔がある。悲しそうに辛そうに、自分をお姉様と呼んで縋る妹。


 冷静になった心に抱いたのは、哀れみでも慈しみでも、赦しでも歩み寄りでもなく。

 あの日と同じ、嫌悪によって磨かれた無関心だけだった。

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