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167.かえろかえろ


 肌の色は不自然じゃない程度に明るく、いつもよりも健康的で。唇は淡くつやつやに、頬は微かなローズ色。派手な色は乗せず、素材の良さを存分に引き出す様に、ただ元々ある物を引き立てる様に。緩く編む様に整えた髪に、宝石の付いていない金属の髪飾りはシンプルだからこそ洗練されている。

 使い慣れない新品ではあったが、丁寧さと審美眼だけは誰にも負けないと胸を張れた。ヴィオレットの魅力に関しては、誰よりも理解しているという自負がある。


「おはようヴィオちゃん、体調は平気?」


「えぇ、すっごく元気よ」


「良かった。制服姿、なんだか久しぶりだね」

 

「そうね……だから、少し変な感じがするの。何年も着て来たはずなのに」


「大丈夫、とっても似合ってるから」


 驚かさない様に、ゆっくりと伸ばされた手がヴィオレットの髪に触れた。元々の柔らかな毛質に加え、念入りなケアと丁寧なセットで絹の様な質感を得てハーフアップにされた後頭部には、金色のバレッタが煌めいている。長身に見合った大きな手の長い指から糸が綻ぶ様に薄い灰色が流れて、ユランの頬が柔く緩んだ。


「可愛い」


 綿あめに砂糖水をかけたみたいな甘さで溶けた笑顔は、二人の世界を完成させるのに充分だ。マリンが傍で控えている事なんて、きっと眼中にない。正しくは、居ても居なくても関係ない、か。元々命の種類が、自分とヴィオレットとその他の三種しかいない様な男だ。マリンはいくらか重要な存在ではあるけれど、所詮は『その他』の中での優劣である。マリンの方も、ユラン程極端ではないにしろ、似た様な物なので文句はない。ヴィオレットは照れた様に、でも嬉しそうに笑っている、重要なのはそれだけだ。


「あ……あり、がとう。マリンが頑張ってくれたのよ」


 施したのは確かにマリンだが、ユランにとってそれは何の意味も持たない。

 美しい、愛らしい。それは如何なる時も思っている事であって、今日、今、特別に湧いた感情ではない。髪型が違うとか、化粧が違うとか、そういった変化には気付けるけれど、それが感想に影響するかと言われればまた別。ヴィオレットが嬉しそうならば、変わらずとも素晴らしいし、変わっても素晴らしい。そういう類の感想で、単なる寵愛の話だ。


「化粧品には口出し出来なかったんだけど、道具とかちゃんと揃ってた? 確認はしたけど、そもそもが詳しくないからよく分かんなくて」


「私も特別詳しい訳ではないけれど、充分過ぎるくらいに準備されてたわ。使った事の無い色とかも沢山あったし」


「そうなんだねぇ……興味がある物とか、欲しい物があったらいつでも言って。こればっかりは俺が気付けなさそうだし、必要な時に無かったら困っちゃう」


「そう、ね……その時は、甘えさせてもらうわ」


「うん、約束」


 今は良いが、いつか必ず社交の世界に舞い戻る日が来る。それはユランと結ばれた後であっても変わらない、この身分の責任だ。その時に道具が足りません、色が足りません、技術がありませんは通らない。今はまだ学生という身分がある程度守ってはくれるけれど、卒業の日を境に掌は華麗に翻される。今の内にヴィオレットも、そしてマリンも腕や目を鍛えておかなければ、一度の失態も嗤い継がれていく様な世界なのだから。顔立ちに、服装に、アクセサリーに合わせるだけでなく、目まぐるしく変わる流行も取り入れなければならないとなると、既に出遅れていると言ってもいい。素材の良さで殴れる時間は残り僅かだ。


「どうせなら今日の帰りにちょっと一緒に見に行こっか。折角だし、俺も色々知りたい」


「私もマリンに任せっぱなしだから、少し勉強しようかしら」


「じゃ、決まり! 放課後迎えに行くから、教室で待ってて」


「楽しみにしてる」


 テストを控えたこの時期、本当ならそんな時間はないはずだ。特にヴィオレットは週単位で休んでいる訳で、時間だけでなく余裕もない。このままいけば結果は想像に容易く、父は烈火の如く怒り狂うはずだ。

 そこまで考えて、だからこそなのかと思った。最早憂鬱に思う事すら忘れていた呵責に耐える必要なんてなくて、ちょっとした息抜きが、嫌ならそのまま逃げたって許されるのだと。

 元々求められる結果が異常だっただけで、ヴィオレットはそれなりに優秀であり、ロゼットとの勉強会のおかげもあって、今から普通に授業を受けていれば平均的な点数は取れるだろう。


「それじゃあ、行ってきます。夕食までには帰るわ」


「安全に送り届けるから、心配しないで」


「畏まりました。お気を付けて、いってらっしゃいませ」


 ふわりと手を揺らすヴィオレットと、一瞥して背を向けたユランに頭を下げたまま、マリンは暫く動けなかった。

 初めて、笑顔で『帰る』と言ったヴィオレットが、泣きなくなる程に美しかったから。

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